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第85回会議(物価高、安保3文書改定)

物価高、安保3文書議論  「報道と読者」委員会

「報道と読者」委員会第85回会議。(奥左から)鎌田靖委員、廣田智子委員、曽我部真裕委員=3月4日、東京・東新橋の共同通信社

「報道と読者」委員会第85回会議。(奥左から)鎌田靖委員、廣田智子委員、曽我部真裕委員=3月4日、東京・東新橋の共同通信社

 共同通信社は3月4日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第85回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が「物価高」と「安保3文書改定」の報道について議論した。

 ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は、専門用語の多い経済ニュースを「分かりやすく伝えることが課題だ」と強調。日銀の金融政策や国債利回りに関する記事を例に「一般読者には分からない。もっとかみ砕いた解説があって良い」と注文を付けた。

 弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は「賃金が上がるなら『良い物価上昇』だというが、中小企業は賃上げできないと思う。低賃金の業種では物価上昇についていけない人もいる」と指摘。困窮や経済の疲弊といった現実を注視し続けるよう訴えた。

 京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は「家計の値上げ許容度が高まっている」とした黒田東彦(くろだ・はるひこ)日銀総裁の発言を巡り「庶民感覚がないとの取り上げ方には違和感があった。表現ぶりを捉えた批判が建設的な報道と言えるのかは疑問だ」と語った。

 安保3文書の改定では、曽我部氏が「反撃能力(敵基地攻撃能力)の有効性などを掘り下げる記事が必要だ。批判一本やりでは少し物足りない」と述べた。鎌田氏は、批判的な姿勢は妥当とした上で、中国の脅威など「現実を踏まえて多角的に見なければならない」と指摘。廣田氏は国会論議なしの改定を問題視し「有識者会議の人選が適切だったのか検証してほしい」と求めた。

物価高、安保3文書議論 「報道と読者」委員会

共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会が3月4日開かれ、「物価高」と「安保3文書改定」の報道について議論した。ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は、物価高に絡んで経済用語を「もっとかみ砕いた解説があって良い」と注文。弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は「賃金が上がるなら良いというが物価上昇についていけない人もいる」と述べ、生活困窮者らの現実に分け入った報道を求めた。京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は安保3文書改定について「冷静で的確な報道が求められる。反撃能力(敵基地攻撃能力)の有効性などを掘り下げる記事が必要だ」と述べた。

【メインテーマ】物価高

用語分かりやすく―鎌田氏  困窮の現実注視を―廣田氏   政府対策分析も―曽我部氏

1㌦=150円台まで下落した円相場を示すモニター=2022年10月、東京・東新橋の外為どっとコム

1㌦=150円台まで下落した円相場を示すモニター=2022年10月、東京・東新橋の外為どっとコム

▽「良い物価上昇」

発言する鎌田靖委員

 鎌田靖委員 おそらく若い世代は物価高を一度も経験したことがない。実体経済や家庭への影響を多角的に報じる必要があり、要因分析や解説も求められる。経済ニュースは難しい専門用語が出てくるので、分かりやすく伝えることが課題だ。「日銀が利回りを指定して国債を無制限に買い入れる『指し値オペ』を実施。金融緩和継続を打ち出したと受け止められて円安に拍車がかかった」と伝え「国債は利回りが上がると価格が下がる」と説明しているが、これだけでは一般の読者には分からない。経済ニュースは因果関係をきちんと説明すると面白い事象だと分かり、反響も大きい。もっとかみ砕いて解説するコーナーがあって良い。

発言する廣田智子委員 廣田智子委員 物価が上がっても賃金が上がるなら、それは「良い物価上昇」だというが、賃上げできるのは大企業だけで中小企業はできないと思う。2%の物価目標についても、物価上昇についていけない人もいるということを踏まえて報じてほしい。新型コロナウイルス禍で飲食店や商店がどんどん閉店し、経済は疲れ切っている。「良い物価上昇」論からは、コロナ対策を巡る政権批判をかわすようなものを感じる。コロナ後の悲惨な状況から目を離さないでほしい。

▽黒田発言

発言する曽我部真裕委員

 曽我部真裕委員 物価高に関する論点はいくつかあるが、中小企業への影響の記事は意外に少なく、物価高がいつまで続くのかという記事もほとんどなかったと思う。今後の展開も取り上げてほしい。ガソリン代補助はしっかり検証されていたが、それ以外の政府の対策に関する記事が少なかった。また、日銀の黒田東彦(くろだ・はるひこ)総裁が講演で「家計の値上げ許容度が高まっている」と発言した際、日銀は「公家集団」で庶民感覚がないという形の取り上げ方をしたことには違和感があった。その場にいた人には意図は伝わったはずで、表現ぶりを捉えて批判をすることが建設的な報道と言えるのかは疑問だ。

 春木和弘(はるき・かずひろ)経済部長 正確性と分かりやすさの両立にジレンマはあるが、用語解説には力を入れたい。「値上げ許容度」発言の報道では、情緒的な表現にならないよう気を付けるべきだった。

 廣田委員 コロナ禍による出口のない困窮を描いた記事は、まさに現状そのものだ。子どもがご飯を食べられず、シングルマザーが暮らしていけないなんて、いつの間に日本はこんな国になったのだろうか。「アベノミクス」がどの程度影響したのか、岸田政権の「新しい資本主義」で改善していけるのか、ずっと報道してほしい。従来賃上げが進まなかったのは、大企業の労使が雇用維持を重視してきたのが原因だという識者の論評はなるほどと思った。連合という大きな組織が労働者や賃金、生活、女性の困窮といった問題にどう影響しているのか。連合という組織の功罪を教えてくれる記事があれば良かった。政府は昨年2月から看護師、保育士、介護職の賃金を引き上げたが、こうした人たちの暮らしがどうなったのかも報じてほしかった。

▽日本売り

全国消費者物価指数と平均賃上げ率

 曽我部委員 春闘を巡って岸田政権の賃上げ要請に労働組合が白けていると無批判に書いた記事があったが、むしろ労組を批判すべきではなかったか。一方、生活保護に関しては言葉のイメージが悪すぎて、困っている人がなかなか受給に至らないという現状がある。保護を受けながら大学には通えないことなど制度の問題点を積極的に報道したのは大変良かった。若者や子どもの支援に関する連載も素晴らしかった。衣食住や教育などを「共助」で確保する試みは注目に値する。困窮者支援現場からの連載も、貧困や虐待で自己肯定感が破壊され、支援を求めることすら困難な状況に置かれてしまうことをリアルに描いていた。

 鎌田委員 困窮世帯に焦点を当てた記事展開は高く評価したい。2000年代から続く貧困問題がコロナと物価高というトリガー(引き金)で顕在化し、国力が落ちてきたことで深刻になっている。「日本売り」の背景を掘り下げた記事にあるように、単に円が安くなったのではなく、日本自体が安くなったのかもしれない。国力低下の問題をどう捉えれば良いのか、これからも報じてほしい。日銀総裁が植田和男(うえだ・かずお)氏に代わって金融緩和策を修正するかどうかや、共同が報じた政府・日銀の共同声明の見直しについては非常に興味がある。植田氏の言説や姿勢がどういうメカニズムで実体経済に影響し、どのように家庭に及んでいくのかという記事にも期待している。

 水野雅央(みずの・まさお)生活報道部長兼地域報道部長 社会保障制度や福祉政策、貧困問題などを報じるに当たっては、現場を大事にしながら取材を進めていきたい。

 小渕敏郎(おぶち・としろう)編集局長 物価高はさまざまな要因と関連しており、そこには国力の低下など構造的な問題が横たわっている。弱者の現状や対策の実効性について解きほぐしながら伝えていきたい。



物価高
 新型コロナウイルス禍からの経済回復とウクライナ危機で世界的に物価が上昇し、日本でも昨年から食品や家電などの幅広い商品が値上がりした。原油や小麦の供給不安から国際的な取引価格が高騰。欧米と異なり日銀が金融緩和を続け、金利の低い円が売られて円安が進んだことも、輸入品の価格を押し上げた。値動きの激しい生鮮食品を除く全国消費者物価指数の上昇率は今年1月に前年同月比4・2%と、約41年ぶりの伸びを記録。デフレ脱却の目標値2%を上回ったが、賃上げを伴わないことが課題とされる。

【サブテーマ】安保3文書改定

リスク客観的に―曽我部氏  批判の論拠提示を―鎌田氏  憲法の観点も必要―廣田氏

南シナ海で洋上補給訓練する海上自衛隊の護衛艦「はるさめ」(左)と米海軍の補給艦「ティピカヌー」(海上自衛隊提供)

南シナ海で洋上補給訓練する海上自衛隊の護衛艦「はるさめ」(左)と米海軍の補給艦「ティピカヌー」(海上自衛隊提供)

▽シミュレーション

 曽我部委員 安全保障問題は冷静で的確な報道が求められる。まずは日本の安保環境について、しっかり報じてほしい。中国、北朝鮮、ロシア、さらには米国の動きが日本にとって、どういうリスクをもたらすのか、客観的で俯瞰(ふかん)的な報道が必要だ。中国公船や中国機が沖縄県・尖閣諸島周辺で活発に活動しているとの報道がある一方で、海上保安庁の能力強化には批判的な記事も多かった。どうすればよいのか、もう一段掘り下げた報道を望みたい。

 鎌田委員 今回の安保関連3文書の改定は、戦後の安保政策を根幹から転換するものだ。戦争に結び付くかもしれず、権力のチェック機関として批判的に報じる姿勢は妥当だ。一方、ロシアのウクライナ侵攻後、中国の脅威を踏まえて、日本はどうなるんだ、現実に即して考えなければいけない、と多くの国民が思い始めている。現実を踏まえて多角的に見なければいけない。政府の対応を批判的に報じる際には、論拠を深く提示する必要がある。

 廣田委員 集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法を2015年に制定した時と違って、3文書改定では反対の声が大きくならなかった。岸田文雄首相は、この1年間、議論を積み重ね、現実的なシミュレーションを行って必要な防衛力の内容を積み上げたとしているが説明が足りない。国民が知りたいのはシミュレーションの中身だ。現状の国際情勢や日本の安保政策の転換に伴って何が起こるのか、日本にどんな影響があるのか、3文書改定の必要性を含め、事実を掘り起こして報道を続けてほしい。

 杉田雄心(すぎた・ゆうしん)政治部長 安保政策の歴史的大転換であり、その問題点を報じてきたが、もっと掘り下げるべきだという指摘はその通りだと思う。シミュレーションの中身も具体的に書いていきたい。

▽強化に前のめり

 曽我部委員 反撃能力(敵基地攻撃能力)保有は、どういうリスクに対処しようとしているのか、有効性はどうなのか、掘り下げる記事が必要だ。専守防衛に反するとの批判が多数出てくるが、専守防衛は憲法上の要請ではなく、政策だ。理屈上は絶対的な原則ではない。そうすると批判一本やりでは少し物足りない。外交努力が必要という指摘も多いが、防衛力強化と外交努力は二者択一ではない。外交に何が足りないのか具体的に言わないと説得力がない。

反撃能力(敵基地攻撃能力)の発動イメージ

 鎌田委員 岸田首相はリベラルとされる自民党宏池会の所属だが、なぜ防衛力強化に前のめりなのか。嫌々なのか、とにかく積極的なのか、首相の考え方が分かる記事の出稿にも期待したい。反撃能力については共同通信の世論調査でも賛成意見の方が多い。世の中の雰囲気と記事のトーンにはギャップもあったのではないか。

 廣田委員 3文書改定で問題だったのは、やはりプロセスだ。国会で議論せず、有識者会議で意見を聞いて閣議決定した。会議の人選は適切だったのか検証してほしい。3文書改定は、集団的自衛権行使を可能にした安倍政権下の憲法解釈変更に源流がある。憲法の観点からも是非を論じるべきで、憲法学者の意見を聞く記事がもっと多くあれば良かった。

 小渕編集局長 厳しさを増す安保環境の中で、反撃能力の保有が抑止力に本当につながるのか、防衛費増額の恒久財源はどうするのか、説得力のあるファクトや根拠を積み上げながら記事を読者に届けたい。



安保関連3文書
 政府が2022年12月16日、閣議決定した国家安全保障戦略と国家防衛戦略、防衛力整備計画の3文書。対象期間は10年間。安保戦略は外交・安保政策の基本指針で、13年の初策定時から「積極的平和主義」が基本理念。今回の改定で米国の戦略文書の体系に合わせ、防衛力整備の指針などを定めた防衛計画の大綱は、防衛目標と達成に向けた手段を包括的に示す国家防衛戦略に変更。主要装備品や経費を記した中期防衛力整備計画も防衛力整備計画に改称し、5年だった対象期間を10年とした。


委員の任期を1年延長  共同通信「報道と読者」委
 共同通信社は3月4日、第三者機関「報道と読者」委員会で委員を務めるジャーナリストの鎌田靖氏、弁護士の廣田智子氏、京大大学院教授の曽我部真裕氏の任期を1年延長した。新型コロナウイルス禍で活動が制約されてきたためで、新たな任期は来年7月末まで。

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