1. トップ
  2. 「報道と読者」委員会
  3. 2013年開催分
  4. 第55回会議(衆院選と安倍政権、スポーツと暴力)

第55回会議(衆院選と安倍政権、スポーツと暴力)

衆院選テーマに議論  「報道と読者」委員会

報道と読者委員会

意見を述べる(奥左から)神田安積、佐藤卓己、太田差恵子の各委員=16日、東京・東新橋の共同通信社

 共同通信社は3月16日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第55回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が「衆院選と安倍政権」「スポーツと暴力」をテーマに議論した。

 京都大大学院教育学研究科准教授の佐藤卓己氏は衆院選報道に関し「争点を明らかにする機能を十分に発揮できなかったのではないか。さまざまな問題を総花的に取り上げてはいるが、大きな対立軸が見えなかった」と話した。

 弁護士の 神田安積氏は「夏の参院選で安倍政権が勝てば、憲法改正が大きな政治課題になってくる」として、改憲問題を積極的に取り上げていく必要性を指摘した。

 介護・暮らしジャーナリストの 太田差恵子 氏は世論調査に基づく各党の獲得議席予測について「『もう結果が決まっているから、投票をやめよう』と考える有権者もいるのではないか」と問題提起した。

 スポーツと暴力をめぐっては、神田氏が大阪市立桜宮高の体罰や女子柔道の暴力指導問題を踏まえ「教育・指導の場に暴力はあってはいけないことが明確にされる必要がある」と強調した。

 太田氏は「単に批判するのではなく、背景を報道すること」が重要だとの認識を示し、佐藤氏は「現在の社会問題として分析していくべきだ。日本社会特殊論と片付けてしまうと、問題の解決から離れてしまう」と述べた。

争点かすんだと指摘  「報道と読者」委員会

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第55回会議が3月16日開かれ、3人の委員が「衆院選と安倍政権」「スポーツと暴力」をテーマに議論した。衆院選報道をめぐり、京都大大学院教育学研究科准教授の佐藤卓己氏は争点がかすんだ点を指摘し、弁護士の神田安積氏は夏の参院選に向けて憲法改正問題の精力的な出稿を求めた。介護・暮らしジャーナリストの太田差恵子氏は事前の衆院選情勢調査が投票行動に与える影響に関して問題提起した。


【テーマ1】衆院選と安倍政権

対立構図を明確に--佐藤氏  長期的視点に期待--太田氏 憲法で問題提起を--神田氏


佐藤卓己委員

 佐藤委員 今回の衆院選では、与野党とも争点をぼかした。マスメディアも争点を明らかにする機能を十分に発揮できなかったのではないか。環太平洋連携協定(TPP)、年金などさまざまな問題を総花的に取り上げてはいるが、それらを貫く大きな対立軸が見えなかった。そのことが低投票率につながったのだろう。論点を一つにまとめるような枠組みを示す努力をすべきだった。
 TPPは農業、商工業分野での痛みの分け方の問題であり、年金問題も世代間の痛みの違いになってくる。「痛みの分配」の論理を軸に争点化すれば、選択への見取り図が描けたのではないか。


太田差恵子委員

 太田委員 共同通信だけでなく、マスコミ全体の報道としても争点が見えてこなかった。一つ一つの出来事の陰や後ろには、弱い立場の人が必ずいる。そこに焦点をしっかりと当てることで、争点が明らかになり、判断材料になっていくだろう。どういう国を目指していくのかをみんなで考えていかなければならない。指標となるような、長期スパンの記事に期待したい。

 神田委員 原発・エネルギー、景気対策、TPPなどの各争点について、問題の所在を分かりやすく伝えようとする工夫がされていた。もっとも、いずれの問題も専門家の間でも意見が割れており、結局、どちらがいいのか分かりにくい印象を受けた。大きな選択を迫られる政策については、リスクを分かりやすく説明することが必要なのではないか。また、共同通信としてのジャッジを書く場面があってもいいと思う。

 鈴木博之(すずき・ひろゆき)政治部長 争点を全般的に紹介し、読者に対して視点や判断材料を提供できるよう報道した。「原発を重視して投票しよう」などとマスコミが争点づくりを仕掛けることはあまりすべきではないと考える。

 佐藤委員 安倍政権の経済政策「アベノミクス」をめぐっては、成長戦略に好意的な記事を見かけることが多い。金融的な操作によって一時的に経済成長を演出することはできるかもしれないが、少子高齢化する日本で本当に成長の持続が可能なのか確信が持てない。10年、20年後のことを考えたときに、国民のためになるのかどうか、今の段階で考えておく必要がある。

 谷口誠(たにぐち・まこと) 経済部長 アベノミクスが本当に成長にむすびつくのかは不断に検証していかねばならない。ハイパーインフレに向かう恐れがあることは常に意識しなければいけない。


神田安積委員

 神田委員 夏の参院選で安倍政権が勝てば、憲法改正が大きな政治課題になる。まだ広く知られていないが、自民党の改正案には憲法9条の改正だけではなく、表現の自由規制の条項も含まれている。メディアからの積極的な問題提起が必要だ。

 鈴木政治部長 長期的視点に関しては、参院選後の3年間は国政選挙がないかもしれない。参院選では、少なくともその3年間を見据えた報道をしなくてはいけないと思っている。憲法改正問題に関しては、とりわけ注意を払って報道していくべき重大なテーマだと考えている。

名前に花を付ける安倍総裁

2012年12月、衆院選で当選者の名前に花を付ける自民党の安倍総裁=東京・永田町の党本部



 太田委員 政治記事はとっつきにくいが、イラストを使っているので、読んでみようという意識につながった。識者評論は人選のバランスが取れていて、興味深く読んだ。ただ、3回ぐらい読まないと頭の中にすとんと落ちない非常に難しい表現も見受けられた。もう少し易しく書くよう識者に依頼してもいいのではないか。

 堤秀司(つつみ・ひでし) 編集委員室長 識者評論は基本的に、識者に書いていただくが、分かりにくいものもある。最近は、識者の話を聞いて、こちらで編集する識者評論が増えている。


投票率の推移

 太田委員 世論調査に基づく獲得議席予測を投票日前に出すこと自体を批判するつもりはない。しかし「もう結果が決まっているから、投票をやめよう」と考える有権者もいるのではないか。投票率を下げることにつながるとは思わないか。

 鈴木政治部長 予測報道が選挙に影響を与えるという指摘は常にある。ただ、自民党が優勢との報道で、自民党にブレーキをかけようと考えて投票する方もいる。2009年衆院選では、民主党圧勝との事前報道だったが、たくさんの方が投票に行った。一概には判断しづらい。

 神田委員 消費税増税は上げることが目的ではなく、財政再建という目的のために、やむを得ず選ばれた手段だったはずだ。しかし、復興予算の使われ方だけを見ても、財政再建の目的が達成されるのか疑わしい。今後も景気対策のために使われるとされる歳出に問題がないか、粘り強い取材、報道をしてほしい。

アベノミクス
 アベノミクス デフレから脱却し、日本経済の再生を目指す安倍政権の経済政策。「アベ」と「エコノミクス(経済学)」を組み合わせた造語。政府は政策の3本柱となっている大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を「三本の矢」と位置付ける。金融政策では、日銀が2%の物価上昇目標を設定して大量の資金を市場に供給することで、企業の投資活動を活発にするのを目指す。

【テーマ2】スポーツと暴力

暴力否定を前提に--神田氏  背景の報道が大切--太田氏 社会問題の観点で--佐藤氏


記者会見を終え、頭を下げる柔道女子日本代表の園田隆二監督(当時、右端)=1月、東京都文京区の講道館

 神田委員 桜宮高の体罰問題、女子柔道の暴力・パワハラ問題は、「スポーツの教育・指導における暴力」という点で共通した問題である。教育・指導に厳しさが必要とされるとしても、その手段として体罰が許されるのかという点について、はっきり結論を出す必要がある。今回の事件では、いずれも暴行罪や傷害罪になるような暴力が生徒や選手に振るわれていたことが明らかになった。今こそ、教育・指導の場に暴力はあってはならないということが明確にされる必要がある。
 特集記事の「スポーツ指導と暴力」「体罰考」は人選が優れていた上に、記事の内容においても、教育に暴力があってはならないことを考えさせる企画だった。
 また、組織の隠蔽(いんぺい)体質という問題点も共通していた。体罰問題でも、女子柔道問題でも、組織の中に外部の者がいないことに限界を感じる。女子柔道の五輪代表選考発表の在り方に選手が傷ついたことが取り上げられていたが、スポーツ報道において勝者にスポットライトを当てがちなメディアの姿勢も問い直されているように思う。

 太田委員 記事を読んで、社会の中では起きてはならないことがまひした感覚でずっと継続されていると感じた。柔道の暴力・パワハラ報道については、共同通信の報道がきっかけと聞いたが、現場を取材している記者たちには昔から(暴力行為が)見えていたのではないか。もっと早い段階でこういうことが表沙汰になってもよかった。研ぎ澄まされた感性と視点を持って報道していくということは社会にとっても意味がある。暴力、いじめの報道は単に批判するのではなく、背景を報道することによって、誰の心にも潜んでいるものを自分のこととして捉えられるような意味のあるものになっていく。

 佐藤委員 記事中のコメントなどで、戦前の軍事教練や内務班のしごきにイメージを重ねて議論されることがある。いま起こっていることを「古い体質」や「日本的な伝統」で納得するより、現在の社会問題として分析していくべきだ。女子柔道監督の辞任表明の見出しにある「たたいて早く強化と釈明」という言葉は象徴的で、何事につけ速度と効率を限界まで追求する情報化社会の価値基準こそが問題。時代遅れだとか、日本社会特殊論で片付けてしまうと、問題の解決から離れていってしまう。
 最近、スクールカーストという言葉で学校内での生徒グループの序列化が問題にされているが、どのクラブに所属するかも重要な序列化の指標である。桜宮高の問題も単に体罰と暴力というだけでなく、もう少し複雑な学校社会の問題をはらんでいると感じるが、そうした視点も必要ではないか。

 江波和徳(えなみ・かずのり)運動部長 共同通信の柔道の暴力・パワハラ報道は、桜宮高の問題の直後でもあり、インパクトを与えることができた。日本のトップ選手が日本オリンピック委員会(JOC)に告発文書を提出するというこれまでとは明らかに違うケースという認識の下に出稿した。指導と暴力、体罰の線引きは非常に難しい。柔道界だけの話なのか、それともスポーツ界全体に広がるのか。教育現場の問題も含め今後も、さまざまな観点から記事を出していきたい。
 「スポーツと暴力」のインタビュー連載はテーマ、方向性を打ち出さず、それぞれの考えを語ってもらった。中には暴力の経験を話してくれた人もいて、勇気を持って登場してくれた方々には感謝している。

 石亀昌郎(いしがめ・まさお)社会部長 スポーツと学校内での体罰問題は、閉鎖空間における絶対的な強弱関係が共通している。取材し、実情を社会に知らせるということが暴行、体罰のようなものを抑止する力になるのだと思う。取材しにくい部分でもあるが、実情を細かく捉えた報道を今後も続けなければならない。

柔道暴力指導問題
 柔道暴力指導問題 柔道の女子トップ選手15人が、日本代表指導者による暴力などを告発する文書を昨年12月に日本オリンピック委員会(JOC)に提出。1月末に報道で表沙汰となり、暴力行為を認めた 園田隆二 (そのだ・りゅうじ) 監督とコーチのほか、全日本柔道連盟(全柔連)の 吉村和郎 (よしむら・かずお) 強化担当理事が引責辞任した。問題を検証した全柔連の第三者委員会が組織改革などを提言。JOCは告発した15選手らに聞き取り調査を行い、報告書にまとめた。

ページ先頭へ戻る