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第39回会議(事件報道の見直し、メディアの問題)

事件記事"対等"でない  「報道と読者」委員会   

 共同通信社は11日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第39回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員は共同通信社が3月1日朝刊の記事から導入したガイドラインに基づく「事件報道の見直し」と、漆間巌官房副長官の発言などをめぐる「メディアの問題」を論議した。

第39回報道と読者委員会

「報道と読者」委員会で議論する(左から)五十嵐公利、佐和隆光、林陽子の各委員=11日、東京・東新橋の共同通信社

 事件報道の見直しについて、ジャーナリストの五十嵐公利氏は小沢一郎民主党代表の秘書が逮捕された事件を例に「弁護士の話がなかなか出てこない。ガイドラインが目指す(捜査機関側と容疑者側の)"対等報道"になっていない」として、容疑者側の取材にもっと努めるよう求めた。

 弁護士の林陽子氏はガイドライン策定のきっかけになった裁判員裁判に言及し「メディアこそが問題点を説明できる。評議の経過もあきらめず取材してほしい」と要望した。立命館大教授の佐和隆光氏は「法廷のやりとりで判断する裁判員に報道が予断を与えるとは思えない。(証拠を見て)報道が妥当かどうか判断できる人が裁判員になるべきだ」と述べた。

 一方、小沢氏秘書の逮捕をめぐり、漆間副長官が「自民党には波及しない」と発言した問題については、五十嵐氏が「発言は『政府高官』として報道すると約束したのなら守るべきだ」とし、佐和氏はそうした約束に基づく会見を「奇妙で違和感がある」と述べた。

 また中川昭一前財務相の"もうろう会見"について、林氏は外国メディアが報じて問題化するまで伝えなかったことなどから「番記者と中川氏との癒着が問われた」と批判した。

権力と癒着、疑念招くな  「報道と読者」委員会 

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第39回会議が11日開かれ、3人の委員は共同通信社の新たなガイドラインに基づく「事件報道の見直し」と漆間巌官房副長官のオフレコ発言などをめぐる「メディアの問題」を論議した。

 二つのテーマに共通の問題として、弁護士の林陽子氏は、捜査機関や政治家など権力側と記者が癒着していると疑念を招かないよう求めた。

 立命館大教授の佐和隆光氏は事件報道が裁判員に予断を与えるとの指摘やオフレコ発言に違和感を示し、ジャーナリストの五十嵐公利氏は小沢一郎民主党代表の秘書逮捕を例に、捜査側と 被疑者側の「対等報道」が十分でないと批判した。

【テーマ1】事件報道の見直し

出所明示が重要―林氏  対等ではない―五十嵐氏  裁判員が報道判断―佐和氏

 

 ―3月1日朝刊用の記事から「事件報道のガイドライン」の運用を開始し、 被疑者を犯人視した報道をしないよう徹底した。裁判員制度の導入を機に事件報道の質を高める取り組みだが、意見や評価を聞きたい。

五十嵐公利氏

五十嵐公利氏

 五十嵐委員 2007年9月に最高裁の参事官が表明した懸念(自白内容や前科などを伝える報道は裁判員に予断を与える)に沿った内容で、受け身の印象がある。裁判員制度が進む過程で、社会全体がどのような合意を形成していくのか非常に関心がある。

佐和隆光氏

佐和隆光氏

 佐和委員 裁判員制度の発足を機に事件報道の在り方を見直すというのは不自然な感じがする。法廷でのやりとりを実際に見る裁判員に対し、新聞報道が予断を与えるとは思えない。逆に、裁判員の方が報道の妥当性を判断できる立場にある。

林陽子氏

林陽子氏

 林委員 全般的にはよく考え抜かれたガイドラインだ。主体的取り組みと位置付けるなら、最高裁の指摘以上の内容を実施する必要がある。

 ―具体的にはどうか。

 佐和委員 ガイドラインの「情報の出所をできる限り明示する」というのは特ダネ競争に水を差す。(仮説であることを示すという)識者コメントの指針も、対立意見を並べて報道するよう配慮されていれば、それで足りるのではないか。

 五十嵐委員 「関係者」と情報の出所をぼかしても、不都合はないと思う。書いた中身、つまり読者と記者なり報道機関なりの信頼関係の問題だ。

 林委員 捜査当局が自分たちに都合のいい情報を流していることが多くある。「どこからどういう情報を得た」と明らかにするのは、読者が正しい情報を得ることにつながっている。

小沢氏の団体を家宅捜索

家宅捜索のため、民主党の小沢代表の資金管理団体「陸山会」のあるビルに入る東京地検の係官=3月3日、東京都港区

 ―ガイドライン施行後の小沢一郎民主党代表の秘書逮捕をめぐる記事は「関係者によると」とするケースが多かったが。

 林委員 「関係者」となっているが、東京地検から取材したとみられる記事がある。どうしてなのか。

 佐和委員 意図的な「検察リーク」による記事が多いのではないか。

 竹田昌弘社会部編集委員 国会などでも簡単に「検察リーク」と言われるが、取材現場はそれほど単純ではない。捜査当局だけでなく、 被疑者の親族・知人や金の動きに関与した人、物証があればそれに関係する人たちなどを取材した上で情報を総合し、確認作業を経て報道している。

 宮城孝治社会部長 共同通信加盟社からも「出所が『関係者』の記事が多すぎる」と指摘された。竹田が説明したような事情から「捜査関係者」や「西松建設の関係者」にできないケースは「関係者」としたが、さらに努力していきたい。

 ―捜査当局と 被疑者・弁護側の「対等報道」を目指すことを掲げた。この点はどうか。

 五十嵐委員 秘書逮捕の事件では、起訴の際に弁護士のコメントがなかなか出てこなかった。対等報道になっていない。

 林委員 捜査機関に依存した取材、報道は見直すべきで、対等報道は重要だ。弁護人は守秘義務の壁のほかに、裁判所の心証が悪くなるのを恐れてコメントを出さないのではないか。

共同通信社「事件報道のガイドライン」

 ―裁判員裁判の取材や事件報道の影響について意見を聞きたい。

 佐和委員 官僚に限らず日本人は得てして口が軽い。「ここだけの話やけどね」と断った上で、酒席などで話す裁判員は多いのではないか。報道の影響の有無は裁判員が情報のフィルタリング(選別)をきちんとできるか否かにかかってくる。

 竹田編集委員 守秘義務が定められた趣旨は尊重しつつ、裁判員経験者の取材などから裁判官による評議の運営がどうだったかを検証したい。

 林委員 裁判員裁判で本当に刑事司法が変わるのか、評議の経過をあきらめないで取材、報道してほしい。また 被疑者の前科報道も公共性、公益性があれば、萎縮する必要はないと思っている。

 五十嵐委員 どこまで何を書くか。裁判所や弁護士会と報道機関が議論し、共通認識を持つことが必要ではないか。

 ―最後に事件報道全体についてはどうか。

 林委員 裁判員制度だけではなく、公判前整理手続きや代用監獄、死刑制度、取り調べの可視化など、日本の刑事司法が抱える問題点を、メディアは一般の人に分かりやすく説明してほしい。

 五十嵐委員 慣用的にやってきた原稿の表現を変えざるを得ないというのは、根っこに人権の問題があるから。「今までの考え方が少しおかしかったのではないか」という反省をもう少し強調してほしい。


事件報道と裁判員制度
 事件報道と裁判員制度 2004年成立の裁判員法の制定過程で「事件報道に当たり、裁判員らに偏見を生ぜしめないよう配慮しなければならない」という報道規制の条項が検討されたが、日本新聞協会などは自主的な取り組みに委ねるよう求め、与党は規制を見送った。新聞協会は08年1月「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」を公表。共同通信社は全国の新聞社や読者から意見を聴くなどして同10月に協会指針を具体化した「事件報道のガイドライン」を定めた。(1)被疑者を「犯人視報道」しない(2)被疑者と捜査機関との「対等報道」を目指す(3)情報の出所をできる限り明示する―などが柱で、事件報道の質を高める取り組みとして今年3月1日から運用している。

【テーマ2】メディアの問題

ルール守るべき―五十嵐氏  オフレコ懇談奇妙―佐和氏  発言の背景が重要―林氏

 ―漆間巌官房副長官のオフレコ発言問題で、取材方法、情報源の秘匿の問題をどう考えるか。

 林委員 ジャーナリストの倫理で何を守るのかを考えさせる非常に重要な問題だ。

 佐和委員 政府高官が「これはオフレコだよ」と断って記者に話すというのは非常に奇妙。記事に出ることを承知の上で、ある種の意図を持って発言する場合もあるのではないか。政府高官のオフレコ会見(懇談)自体、奇妙であり違和感がある。

手を挙げる漆間官房副長官

参院予算委で答弁のため手を挙げる漆間官房副長官=3月9日

 五十嵐委員 (発言者を明示しない)バックグラウンドブリーフィング(背景説明)は記事を書く上で有用だというのが原則的な立場だが、今回はジャーナリズム側が間違えた。匿名性を利用した記事は米国も欧州も同じ方式でやっている。長年かけてできたルールで、今回、ルールが守られなかったという意味で、ジャーナリズム側の対応に問題があった。

 橋詰邦弘政治部長 漆間氏は「政府高官」「政府筋」として引用されることは承知の上で発言している。ルール化された懇談の場だった。西松事件で民主党から一斉に「国策捜査」との批判が出てきた中で、政権中枢にいる漆間氏の発言は問題だった。政権中枢でこんな軽率な発言が飛び出したことを報道する必要があると思った。

 林委員 ジャーナリストの倫理として発言した人との約束は守るべきだ。「軽率である」などと発言を非難するだけでは紙面の無駄。そのような発言を生み出した背景に調査報道で迫るべきだし、読者が知りたいのもそこではないのか。

漆間氏発言をめぐる経過

 水谷亨編集局次長 本来、発言者本人の了解を得た上でオフレコを解除すべきで、共同通信も漆間氏に申し入れたが、拒否された。そこで実名公表をやめるかどうかだ。取材源の秘匿は非常に重い。しかし政権中枢の人物の問題ある発言を報じることは国民の知る権利に応えるのではないか。

 五十嵐委員 この種の問題は、公益を優先してオフレコを無視することから完全にオフレコを守ることまで、現実にはさまざまな対応が考えられる。しかし今回のケースは、事柄の内容や他社の対応を考慮すれば、最後まで政府高官のままで議論すればよかったのではないか。職業倫理として約束は守ることが基本であり、守れないのであればそんな懇談はやめた方がいい。

 橋詰政治部長 今回の漆間氏の発言問題と、(ニクソン米大統領を辞任に追い込んだ)ウォーターゲート事件での取材源の秘匿を同列に並べるのは若干違和感がある。ただルールはルールであり、日々葛藤しなければいけないところだ。

 ―先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)での中川昭一前財務相兼金融担当相の「もうろう会見」は、海外メディアが最初に報道し、日本メディアは遅れた。どこに問題があったか。

手を伸ばす中川財務相

G7閉幕後の記者会見で、日銀の白川総裁(右)の前のコップに手を伸ばす中川財務相=2月14日、ローマ(AP=共同)

 五十嵐委員 一連の記事に「今までで一番ひどかったが、前にもあった」という表現がある。中川氏の場合、今までは社会がそれを許してきたために政治力を保ってきたわけで、ジャーナリズムには知っていて書かなかったという問題がある。日常の取材活動からくる慣れが、批判の切っ先を鈍らせてしまったと言わざるを得ない。

 佐和委員 文化の違いがある。日本ほど酒を飲んでの言動に対して寛容な国はない。欧米にせよ中国にせよ、酒酔いによる暴言・暴挙は一生を棒に振ることになりかねない。そうした日本人の感覚ゆえに、随行した政府高官も引き留めなかったのではないか。

 林委員 記者と政治家の癒着の問題があるのではないか。会見の前に記者が中川氏との会食に同席したことに、メディアとしての自己批判の報道があるべきだ。政治家と良好な関係を日ごろからつくった結果、良い取材ができたのならともかく、飲食を共にした記者たちが中川氏に(言動がおかしいことについて)何の質問もできなかった事実は、ジャーナリズムに反省を迫っていると思う。

 河原仁志経済部長 記者側に関係を損ねたくないという思いがあったことは否定できない。取材した経済記者は会議の内容を伝えることを優先させてしまった。会食に共同の記者は同席していないが、重要な取材行為の一つで、一定のルールを持ってやれば必ずしも排除されるものではないと思う。

漆間氏のオフレコ発言
 漆間官房副長官のオフレコ発言 西松建設の巨額献金事件に絡み、漆間巌官房副長官が3月5日、首相官邸で行われた報道各社との、実名を出さないオフレコを条件とした懇談取材で「自民党議員に波及する可能性はないと思う」と発言。共同通信は当初「政府高官」の発言として報道したが、民主党などが問題視したことを受け、7日に民主党の対応を紹介する記事の中で実名を報じた。8日には河村建夫官房長官が「政府高官」は漆間氏と認めた。
中川氏のもうろう会見
 中川前財務相のもうろう会見 2月14日にローマで行われた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)閉幕後、中川昭一前財務相兼金融担当相がもうろうとした状態で記者会見。中川氏は「風邪気味で、薬を倍近く飲んでしまった」などと釈明したが、会見の前に中川氏自らがワインを注文し、一部記者と会食したことも判明。国会審議への影響が不可避となり辞任に追い込まれた。

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