1. トップ
  2. 「報道と読者」委員会
  3. 2004年開催分
  4. 第17回会議(人命報道と速報、災害報道)

第17回会議(人命報道と速報、災害報道)

官製情報への依存は危険  誤報問題で論議

 共同通信社は十一日、外部識者でつくる第三者機関「報道と読者」委員会の第十七回会議を東京・東新橋の本社で開き「人命報道と速報」と「災害報道」について論議した。

 イラクの日本人人質事件の遺体確認と、新潟県中越地震の母子発見で、共同通信が配信した人命にかかわる二つの誤報について、前広島市長の平岡敬委員は「官製情報への依存が背景にある。先入観を排除し事実と向き合うべきだ。いったん速報しても、危ないと思えば引き返す勇気が必要だ」と述べた。

 明治学院大法科大学院教授の渡辺咲子委員は「官製情報の丸のみは危険。自分たちの価値観でフィルターをかけて情報を選別してほしい」と指摘。

 日本総合研究所理事長の寺島実郎委員は「人質事件では日本政府の情報力にも問題があった。政策判断の根拠となる情報は厳しく検証する必要がある。速報性よりも、体系的で問題の本質に迫る報道を期待したい」と注文を付けた。

 災害報道について平岡委員は「不安感や悲惨さを競いがちだが、中越地震報道では抑えられていた。コミュニティー再生という観点からの報道も続けてほしい」と要望。

 寺島委員は「ジャーナリストとして人間的な感性が問われる。問題意識が伝わる深みのある特集記事を読みたい」、渡辺委員は「大きな被害を出した台風23号の検証報道にも力を入れてほしい」と求めた。

【詳報1】 官製情報依存が背景に 誤報問題で論議

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第十七回会議が十一日開かれ、平岡敬・前広島市長、寺島実郎・日本総合研究所理事長、渡辺咲子・明治学院大法科大学院教授の三委員が、イラクの日本人人質事件の遺体確認と新潟県中越地震の母子発見での共同通信の誤報や、人命報道と速報、災害報道について論議した。誤報問題で平岡氏と渡辺氏は「官製情報への依存が背景にある」と指摘、寺島氏は「政策判断の根拠となる情報への厳しいチェックが必要」と述べた。

 イラクの日本人人質事件と新潟県中越地震での二つの誤報について三委員の見解を聞いた。

アルジャジーラの画面

10月28日、カタールの衛星テレビ、アルジャジーラが放映した香田証生さんの解放などを訴える町村外相の映像(共同)

「思い込み」

 平岡委員 記者の早合点や確認不足、功名心によるねつ造など誤報にはさまざまなケースがあるが、イラクの件では「思い込み」による判断が誤報を生んだ。根本的な原因は、現場に自社の記者がいないため、官製情報に頼るしかなく、検証が困難になっている。

 こうした状況は、官製情報への依存に慣れきったジャーナリズム精神の衰弱がもたらしたものではないか。最近、役所の広報体制がしっかりし、情報がコントロールされてきている中で「本当にそうだろうか」と疑問を持つ記者が少なくなってきた。

 記者は、先入観を排除して事実と向き合うべきだ。デスクには、現場の記者の情報や原稿について「信じて疑え」の心構えがほしい。

批判的視点を

 渡辺委員 最初に感じたのは、現地米軍の感覚では、アラブ人も日本人も皆一緒に見える程度の人種意識しかないということ。ニュースソースの持つ偏見やいいかげんさを正確に理解する必要がある。

 今回は現地での直接取材が難しくなり、米軍や外務省の情報に頼らざるを得ない状況が次第に出来上がるうちに、それに慣れてしまったのではないか。官製情報の垂れ流しを最も警戒するはずのメディアが、やむを得ない状況の中で批判的な目を失いつつあるのなら大変だ。

 刑事裁判では「伝聞」は、原則として証拠から排除される。人づての話がどれほど不正確かが理解されているからだ。もう一度、官製情報がどれほど危険か、原点に立ち返って確認する必要があるだろう。

体系的報道に期待

 寺島委員 イラクでの誤報の背景には、日本政府の「情報力」の問題が横たわっている。日本の政策判断の根拠になる情報はどうなっているのか。例えばイラク戦争では、日本は「イラクは大量破壊兵器を保有している」として米国を支持したが、欧米ではどんな根拠でそう判断したのか、くどいほど検証している。日本がどうしてイラクの脅威を認定したのかなど、政策判断の根拠について厳しい問題意識でフォローしてほしい。

 また、現場の取材力の問題もある。ネット社会では座っていても情報は入るが、現場に張り付かないと分からない"空気"もある。若い記者は深い問題意識を持って鍛えられていないと思う。通信社の宿命として、速報の重要性は分かるが、分析能力を生かし、体系的で質の高い、問題の本質に迫る報道に期待する。

情報の精度、厳しく選別を  報道に組織力生かせ

 ―官製情報に向き合う姿勢について。

 渡辺委員 外務省の情報収集・分析能力は必ずしも高くはない。むしろ現地社会に直接向かい、取材してきた記者の方が、現地米軍の情報の精度がどの程度なのか判断できるはずではなかったか。官製情報について、自分たちの取材経験に基づく価値観や情報のフィルターをかけて評価し直し、危うい情報か否かを選別した報道を期待したい。

 平岡委員 官製情報への依存心があると、あまり裏付けを取ろうとしなくなり、結局、現場の取材力低下につながっていく。現実に、役所の発表文をそのまま記事化するケースも多い。こうしたことが誤報の底流にあるのではないか。

 寺島委員 パレスチナ自治政府のアラファト議長死去をめぐり、外国メディアの報道が混乱した。日本のメディアにとっても官製情報をうのみにせず、どんな情報インフラをつくっておくかが重要だったが、専門性の高い欧州の中東情報筋などには日本のメディアはあまり接触していない。こうした情報をしつこく追い詰める取材が必要だ。

踏みとどまる勇気

 ―速報性については。

 寺島委員 「ちぎっては投げ」の情報はインターネットを駆け巡っている。それと競い合うよりも、組織力を生かした情報を提供する方向に問題意識を切り替えた方がよい気がする。情報が未確認ならそう記し、間接取材のときは「政府がこう言っている」と表現するなど慎重に扱うことが必要だ。

 渡辺委員 速報性は必要だが、活字メディアとテレビでは求められる情報の質が違う。「テレビに負けない速さ」が求められているのではないと思う。テレビは映像も言葉もあるので、受け手が状況のあいまいさを判断できる。活字メディアでは判断材料は文字だけ。

 新潟県中越地震の母子救出でも、テレビを見ていれば情報が錯綜(さくそう)していることが分かる。活字メディアは、テレビ画面を見て判断に困っているわたしたちに、確定した情報を与えてほしい。

 平岡委員 「人命にかかわる報道は慎重に」と言うしかないが、慎重すぎて「全部分かるまで待とう」という姿勢ではメディアの活力が失われる。速報を競い合う現場の心理は全面否定できない。速報で一定の方向性を出してしまうと、それに引きずられる心理が働くかもしれないが「この情報は怪しい」と思ったときに、踏みとどまる勇気が必要。方向転換に難しさはあっても、新聞の場合は記録として残るだけに、誤りと分かった段階できちんと訂正しなければならない。

判断基準、明確に

 ―今回の教訓をどう生かせばよいか。

 渡辺委員 伝聞情報に頼らざるを得ない場合、その情報をいかに評価するか。取材現場ならではの評価が求められ、そこにプロの生きがいが出てくるのだろうが、記者の実力だけでなく、状況によっては、現場に出ている記者には価値判断が難しい場合も多い。明確な基準の設定が必要だ。

 寺島委員 ある情報について「変だな」と思う瞬間がある。勘が働くには、その記者が情報に対する座標軸を持っていなければならない。こうした情報力をどう充実させていくのかが問題だ。例えば、中東の専門家を長期的に育成する人事戦略を考えることが組織として重要だ。それなしでは質量のある報道にならない。

 平岡委員 情報の共有化と指揮系統の明確化が必要なのは当然だ。しかし、報道には機動力が大事だ。組織の中で関係者や関係部署が多いほど、機動力が失われる。機動性を損なわずに判断ができるようにしてほしい。

 山内豊彦共同通信社社長 報道の焦点になっている事案で重要な情報が入ってきたときに、どんな態勢で、どう確認を取り、どういう速報を出していくか、詰めておくべきだった。情報をどう評価し報道するかの組み立てが弱かったと思う。通信社にとって速報は当然だ。人命にかかわることや世の中に重大な影響を与える場合には、正確さを最優先に、編集局として総合的で瞬発力のある判断ができる態勢を組んでいく。

イラク人質事件の経緯
 イスラム過激派を名乗る組織がイラク国内で香田証生さん(24)を拉致して人質にとり、十月二十七日(日本時間)、サマワに駐留する日本の陸上自衛隊の撤退を要求する映像をウェブサイトに流した。香田さんの可能性のある男性遺体がイラク国内で見つかり、日本政府は三十日未明「遺体と香田さんの体の特徴が一致する部分がある」と発表したが、同日午後、遺体は別人と判明した。共同通信は三十日未明、政府や与党幹部への取材に基づき「香田さんが殺害された」と速報。同日午後になって誤報と判明し配信記事を手直ししたが、多くの加盟新聞社が朝刊や夕刊、号外で誤った記事を掲載した。香田さんは三十一日未明、バグダッドで遺体で見つかった。
不明母子3人発見の経緯
 十月二十三日に発生した新潟県中越地震で、皆川貴子さん(39)、長女真優ちゃん(3)、長男優太ちゃん(2)の母子三人が行方不明になった。二十六日、長岡市妙見町の土砂崩れ現場で車が見つかり、東京消防庁などが捜索した結果、二十七日午後、優太ちゃんが地震発生から九十二時間ぶりに、車と岩のすき間から奇跡的に無事救出された。貴子さんと真優ちゃんは遺体で見つかった。共同通信は優太ちゃん無事救出の直後に、長岡市災害対策本部や新潟県警、東京消防庁に入った未確認情報を基に「三人生存、二人救出」との記事を速報。その後、誤報と判明し配信記事を手直ししたが、多くの加盟新聞社が夕刊や号外で誤った記事を掲載した。

【詳報2】 地域社会「再生」の観点を 台風災害の検証忘れずに

 ―新潟県中越地震や台風23号など大規模災害が続いた。災害報道の基本姿勢は。

 水谷亨共同通信社社会部長 災害報道の最大の目的は、正確に被害を把握し、国民に伝えることだ。被災者が必要としている情報や、防災につながるメカニズムの解明なども念頭に置く必要がある。中越地震の被災地では生活基盤が崩壊した人も多い。生活再建に向けた情報を多角的、重層的に継続して報道していきたい。

深みある検証を

 平岡委員 長丁場の取材では、不安や悲惨さを競うような報道がみられがちだが、今回は抑えられていたと思う。災害報道はスクープ合戦ではない。状況や対策、教訓など正しい判断に基づく報道が大事だ。復興というのはコミュニティー(地域社会)の再生だという観点で報道してほしい。

 寺島委員 発生から時間がたつと、被災者情報だけでない報道が重要になる。例えば、防災無線は機能したのか、携帯電話やメールはどうだったのかなど情報通信手段のセキュリティー確保について専門家を交えた体系的な報道が必要。

 新幹線についても「安全神話が崩れた」との見方がある一方で、一人の死者も出さずに持ちこたえたというのをどう認識したらいいのか。危険なのか、危険でないのか、新幹線神話の深みのある検証もしてほしい。

 渡辺委員 中越地震の報道はかなりされているが、台風23号も全国的に農業などで大きなダメージを与えている。被災者の生活再建を応援するという視点から台風被害の検証報道も忘れないでほしい。

問われる感性

 ―どのような視点が必要か。

 平岡委員 一般論で言うと、マスコミは「東京感覚」で全国の出来事を見ている。東京に台風がくると大々的に報じるが、地方の場合はそうでもない。東京の視点で見ている欠陥が災害の時に出るなと思う。

 税金の無駄遣いなどもあって「公共事業は悪」という批判がよくされるが、被災者の苦しみを見るとき、国民の安全のために必要な事業は必要と指摘することも重要だ。また被災者のプライバシーに配慮した取材・報道をいっそう心掛けてほしい。

 渡辺委員 車中泊のためにエコノミークラス症候群による死者が多かった。死者が出る前に行政やメディアが「危険だ」と警告していればよかったのに、と思う。よく知られているはずの情報が十分に伝わらず、これだけの死者を出した。行政、報道が何をしていたんだろうという気がする。

 寺島委員 災害報道ではジャーナリストの人間的な感性が問われる。問題意識が伝わるしっかりした特集企画を読みたい。今回、コンビニ、携帯電話、NPO(民間非営利団体)が大きな役割を果たした。災害に対応できる社会システムづくりとしてこの三つをキーワードとした検証も面白いと思う。

ページ先頭へ戻る