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第8回会議(朝鮮民主主義人民共和国による拉致事件)

全体像見据えた報道求める  拉致事件など議論

 共同通信社は三十日、外部識者三人による第三者機関「報道と読者」委員会の第八回会議を東京・虎ノ門の本社で開き、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による拉致事件の報道などを議論した。

 学習院大教授の紙谷雅子氏は、被害者の置かれた立場、事情を踏まえ「取材の難しさがほかの問題より格段に大きい。出てくる情報と期待されているのに出てこない情報があり、これを補う解説がますます必要だ。冷静に判断できる紙面を」と、全体像を見据えた報道を求めた。

 元最高検検事の土本武司氏は、横田めぐみさんの長女や曽我ひとみさんの夫へのインタビューに批判があることなどを踏まえ、「取材はできる限りすべきだが、報道に際しては当事者への影響を考えた工夫も必要だ」と語った。

 また一九八七年の大韓航空機爆破事件の金賢姫元北朝鮮工作員が、拉致した日本人から訓練を受けたと証言した点を挙げ、「北朝鮮と拉致の関係を、当時からメディアがこぞって取り上げていれば世論、政府も積極的に動いただろう」と述べた。

 評論家の内橋克人氏は「北朝鮮には従来の調査報道は通用しない。情報を分析し何を伝え、何が伝えられていないか、問い直すべきだ。拉致は国家機関による犯罪で国際世論をもっと喚起するのも必要だ」と述べた。

 帰国被害者五人や家族に、集団的過熱取材(メディアスクラム)防止のために、報道各社が代表取材で対応していることに対しては、紙谷氏は「限定的となり必ずしも自由な取材でない」と指摘。内橋氏も「まず、本当に(メディアスクラムを引き起こす)密着取材が必要なのかを考え直す必要がある」と述べた。

【詳報1】 全体像見据えた報道が必要  密着取材見直しを

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第八回会議が十一月三十日開かれ、評論家の内橋克人氏、元最高検検事の土本武司氏、学習院大教授の紙谷雅子氏の外部識者三人が、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の拉致事件報道を議論した。委員は「拉致事件は国家犯罪だということを強調すべきだ」と指摘。「取材の難しさが格段に大きい。出てくる情報と期待されているのに出てこない情報があり、それはなぜなのかを補う解説が必要だ」と、全体像を見据えた報道を求めた。「帰国被害者の密着取材が必要なのか、根本的に考え直すことが大事だ」との意見も出た。

通用しない従来型の取材  「国家犯罪」強調を

 ―日朝首脳会談後、十月十五日に拉致被害者五人が帰国したが、両国間の交渉はこう着状態にある。この三カ月間の報道の評価は。

帰国した5人の拉致被害者

羽田空港に到着し政府チャーター機を降りる拉致被害者の5人=10月15日

何を伝えたか

 内橋克人委員 拉致事件の発生当初から憤りをもって対応したか、という反省がある。全般的に言うと、北朝鮮のような閉ざされた国家には、従来の取材方法、調査報道が通用しないという認識が必要だ。この状況の中で何をすべきか、何を伝えていないのか、専門家を入れた議論をジャーナリズム自身が深めなくてはならない。

 土本武司委員 現象的なことはよく報道されている。しかし、特質や問題点を十分伝えているかというと、必ずしも成功していない。拉致事件は人権の著しい侵害行為であるだけでなく、日本の主権侵害の面を持つ国家犯罪だということを強調すべきだ。国内犯として日本の刑法を適用できる。容疑者を速やかに摘発し日本の裁判所に起訴すべきだ。国として犯人を引き渡せと繰り返し要求すべきだ。手続き上は難しいが、メディアにもこうした点をサポートする論調があっていい。

 ―北朝鮮国内の情報は極めて乏しい...

 紙谷雅子委員 取材をする難しさが、ほかの問題より格段に大きい。被害者の置かれた立場から、出てくる情報と期待されているのに出てこない情報がある。それはなぜなのかを補う解説がますます必要だ。

 なぜ北朝鮮は事件を告白し、情報を出してきたのか。日朝関係の文脈を考え、安全保障などの全体的な問題を含めて伝えると、冷静に判断できる紙面になったのではないか。

 土本委員 日本人は金大中事件を思い出していると思う。あのときも日本の主権の侵害があったのに、当時の日本政府はうやむやにしてしまった。しかしその件は韓国人が韓国人を韓国に拉致したケースである。今回は、日本人が日本領土から外国に向け暴力で拉致されたのであり、日本国家および日本人に対する不法侵害性の程度が違う。金大中事件と同じようなあいまいな処理で終わってしまうのでは、という危ぐ感に、何らかの形でこたえる必要があるだろう。

家族取材の在り方

 ―横田めぐみさんの長女や曽我ひとみさんの夫のインタビューには「北朝鮮のプロパガンダに乗るもの」など強い批判がある。報道はどうあるべきか。

 紙谷委員 利用されているとしても積極的に情報を伝えていく方が、重要な情報と気付かなくてもちゃんと情報が伝わってくる。取材の自主規制には、危うい面もあるのではないだろうか。

 土本委員 取材してはいけないということはなく、できる限り熱意を持ってすべきだ。ただ、このケースは特殊で微妙なケースであることを念頭におくべきだ。第一に横田さんの長女に対する質問についてだが、「お母さんは日本人で拉致されて来た」などと十五歳の少女に告げるべきではない。

 第二に、取材と報道は別と考えるべきだ。報道のもたらす影響を考え、記事にする段階でひと工夫が必要。自由意思で述べることができない立場であるとの説明が必要だ。

 第三に、曽我さんの夫は、日本に行けば脱走罪で米国に逮捕されると心配しているが、国際法上の解釈として、日本側が「引き渡しはできない」と言えば通る可能性がある。そうした点を、政府にも言う必要があるのではないか。

 ―読者の関心は強いと思うが。

 内橋委員 横田さんの長女と曽我さんの夫は明らかに(取材対象として)異なる。しかし重要なことは、報道するならば、なぜ当事者に会えたのか、経緯を明らかにすることだ。その都度、できるだけ詳しく、インタビューに成功した背景や状況などを説明することが必要だ。スクープと紙一重で、(北朝鮮に)商業主義的な競争に乗じられる心配も付いて回る。

 土本委員 拉致時の状況や招待所に入れられたことまでは報道されているが、被害者らがどのように悲痛な叫びで日本への帰国を要請したのか、それに対して北朝鮮がどのような対応をしたのかが抜け落ちている。読者はその点を知りたいと思っている。

メディアの責任

 ―拉致事件報道では、二十四年間に何度か真相に迫る機会があった。メディアの責任をどう考えるか。

 土本委員 拉致された直後は確証がなかったにしても、大韓航空機爆破事件の時は、金賢姫元北朝鮮工作員の証言から、北朝鮮による日本人拉致があったことはかなりの確度で言えた。報道は弱者救済という使命がある。被害者が連れ去られ、被害者自身や家族が大変悲痛な思いで助けを求めていた。各社がこぞって事件を北朝鮮との関係から取り上げていれば、世論は怒りの声を上げ、政府、政党も積極的に動かざるを得なくなっていただろう。客観的には、政府の怠慢は否定できないが。

 ―現場の見方は。

 古賀泰司社会部長 七七、七八年の拉致は情報が十分なく、半信半疑が続き、その後大韓機事件などから拉致と結び付いた。「これはおかしい」と追い続ければ、たどりつく可能性はあった。

 内橋委員 報道が現実に可能だったかという問題はあるが、なぜ踏み込んで報道できなかったのか、という反省は非常に大事だ。

 紙谷委員 似た事件が発生し、時期的にある程度ずれている。それが同じ背景だとその時に理解するのは非常に難しかったと思う。早い段階でいろんな情報が出ていたとしても、全体像は分からなかったのでは。恐らく日本の中でも当時、朝鮮半島への関心は韓国までだった。

 土本委員 当時、裁判で有罪にするだけの確実な証拠はなかっただろう。しかし新聞は裁判と違い、明確な証拠がないと書けないということはない。本当は、当時朝鮮半島は南北の激しい対立関係にあって、その一方にうかつに口出しをするとやっかいなことになる、という意識が報道関係者にあって取材・報道を差し控えたのではないか。そういう意識を乗り越えなければいけない。

 内橋委員 こだわりの取材は非常に大事だ。対象に何を選ぶかという時に「北朝鮮だから」と避けるような意識が働いたのか。テロの問題でも今日また、その弱点が出ている。テロをやる側への取材、イスラムの社会の在り方などに関心が届くかどうかが、ますます大事になる。

メディアスクラム防止

 ―メディアは集団的過熱取材(メディアスクラム)の防止に取り組んでいる。

 土本委員 被害者の家族や支援団体が節度ある取材を要請し、メディア側が、被害者の自宅近くに立ち入らないことや、本人や家族への取材は原則として代表取材とすることを決めたと聞く。この通りなら結構なことだが、帰国した五人の一挙手一投足を報じる詳細な報道はいかがか。帰国していない被害者の家族の叫び声が、押しやられているきらいがある。

 ―被害者本人の取材ができない悩みがある。

 紙谷委員 自主規制をして取材が限定的になっている。代表取材をしていることなどを、何度も(読者に)念を押す必要がある。被害者側が伝えたい情報だけが伝わり、うがった見方をすれば情報操作となる。本来は、被害者が北朝鮮から拉致についてどんな説明を受けたのか、どう納得して朝鮮人であるという立場を取るようになったのかなど、掘り下げた取材、情報の積み重ねに意味がある。メディアが、簡単に自主規制に乗ってしまうのではないかとの、不信をもたらす可能性もある。

 内橋委員 メディアスクラムが問題になるのは後追い取材だ。共同通信が、北朝鮮の脱出家族が中国・瀋陽の日本総領事館に駆け込んだ映像を世界に流した時のように、先駆けて伝えるべきを伝える時、メディアスクラムはない。帰国被害者や家族の密着取材が必要なのか、根本的に考え直すことが大事だ。商業主義的な側面が強いと思う。

集団的過熱取材とは
 集団的過熱取材(メディアスクラム) 大事件や大事故の際、被害者ら関係者へ多数のメディアが殺到し、社会生活を妨げるなどの状況をつくり出してしまう取材。日本新聞協会は、嫌がる当事者らを集団で包囲した取材は行うべきではないなどの順守事項をまとめている。帰国した拉致被害者や家族の取材では、報道各社が節度ある取材を申し合わせ。ケースにより代表取材などで対応している。

【詳報2】 正式名称か略称か  「北朝鮮」の国名表記

 共同通信社は「報道と読者」委員会第八回会議で、九月の第七回会議以降に読者から配信記事に寄せられた意見・苦情四件を報告した。

 日朝問題の報道の際に「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と表記していることに、読者から「なぜあえてフル表記するのか」との疑問が寄せられ、大韓民国は略称の「韓国」を認めているが、北朝鮮は「正式名で表記すべきだ」と主張しているためと回答した。

 土本武司委員は「アメリカ合衆国の表記は略称の米国。欧米が北朝鮮を『ノースコリア』と呼んでいるのに、日本だけが正式に呼ぶ必要はない」と述べた。

 内橋克人委員は「国家の名前の意味、この場合は『民主主義とは何なのか』という姿勢が問われている」と指摘した。

 紙谷雅子委員は「どう呼ばれたいと主張しているかは重要。向こうの目で見れば『民主主義』であり、受け入れざるを得ないのでは」と述べた。

 このほか、十月二十七日の衆参統一補選で、投票終了前に出口調査の結果から「与党有利か」との放送用原稿を配信したことについて「中立な報道の観点からあってはならないこと。チェック体制の徹底を図る」と報告した。

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