第83回会議(ウクライナ侵攻、沖縄復帰50年)
ウクライナ侵攻、沖縄議論 「報道と読者」委員会
「報道と読者」委員会の第83回会議。(奥左から)鎌田靖委員、廣田智子委員、曽我部真裕委員=6月18日、東京・東新橋の共同通信社
共同通信社は6月18日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第83回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が「ウクライナ侵攻」と「沖縄復帰50年」の報道について議論した。
ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は「現場から発信するのが報道機関の最大の役割だ」とし「戦争とメディア」は報道のテーマにする必要があるとの見方を示した。
弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は、ロシアは悪、ウクライナは善という構図があると感じたが「二極化は非常に危険ではないか」と投げかけた。
京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は、ロシアの論理を十分に伝えていないと述べた。「批判的に分析して伝えることは可能だ」と促した。
沖縄復帰50年に関して、曽我部氏は基地の過重負担や経済格差に論点が絞られていたとした。「沖縄の産業の未来をどう描く」のかも報道した方が良かったとの見方を示した。
鎌田氏は共同通信が実施した県民調査、世論調査から基地問題についての「沖縄と本土の意識のギャップがよく分かった」と評価。ギャップをどう埋めるのかが「沖縄を考える時の一つのテーマになる」と求めた。
廣田氏は復帰50年が「ウクライナ侵攻の真っただ中」にあり「危機に便乗」して日本防衛の再考という議論が出ていると指摘。「沖縄の人がどう感じたかについて報道が少なかった」と語った。
ウクライナ侵攻、沖縄議論 「報道と読者」委員会
共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会が6月18日開かれ、ウクライナ侵攻と沖縄復帰50年について議論した。ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は戦争における現場取材の重要性を訴え「戦争とメディア」をテーマに報じる意義も強調した。弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は善と悪との二極化は非常に危険と指摘。「事実を理解するための基礎知識や物の見方」も伝えるべきだと述べた。京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は、沖縄が基地の過重負担や経済格差の観点だけでなく「全国的な視点」から報道するべきだと呼びかけた。
【メインテーマ】ウクライナ侵攻
戦地から発信重要―鎌田氏 単純な二極化危険―廣田氏 見えた国内課題―曽我部氏
ロシア軍のミサイル攻撃を受け、鉄骨や柱がむき出しになったウクライナ・ハリコフのオフィスビル=5月(共同)
▽女性の手記
鎌田靖委員 2月24日からウクライナ侵攻が始まった。現場から発信するのが報道機関の最大の役割だ。戦争では特にそうだが取材態勢がどうだったのか聞きたい。ロシア軍による残虐な行為が判明したブチャについては「各国メディアによると」という記事だったが、入るのが若干遅くなったのではないか。ロシア国民が実際は侵攻をどう見ているかも知りたい。ロシア女性の手記の記事は感動した。日々の生活の中で自分の思いを分かりやすくまとめていて、非常に説得力があった。ロシアの内在的論理を、きちんと押さえておくことも重要だ。
廣田智子委員 ロシアは明確な国際法違反を犯した。非難されるのは当然だが、ゼレンスキー大統領率いるウクライナ軍が勇敢に挑み、ロシアは悪、ウクライナは正義という構図があったと感じた。だが現実は単純ではないし、二極化は非常に危険ではないか。被害を伝えるのは大事だが、それだけでは正義の側のプロパガンダになる恐れがある。事実を理解するための基礎知識や、いろいろな物の見方も伝えることの大切さを感じた。避難民という形で、なぜ日本はウクライナ人だけを優遇するのかという難民政策の問題や、われわれは誰も助けてくれないという世界の他の紛争地の声なども拾い上げて伝えてほしい。
▽戦争のやめ方
曽我部真裕委員 報道は完全にウクライナや欧米、日本政府の視点に立っていた。それ自体は当然のことだが、ロシアの視点も知りたかった。ロシアの論理を十分に伝えることができなかった理由として、プロパガンダに手を貸すことになってしまうという危惧があったのかもしれない。ただ批判的に分析して伝えることは可能だ。危惧するあまり情報を伝えない方が危険ではないか。また今回、安全保障や資源、食料の問題など日本のさまざまな課題が可視化されたと思う。資源や食料は脆弱(ぜいじゃく)な状態がずっと続いてきており、それを経済力でカバーしてきたが、できなくなってくる可能性もある。これを契機に掘り下げた報道に取り組んでほしい。
有田司外信部長 侵攻前にキーウ(キエフ)に記者が数人おり、侵攻後は西部のリビウに退避したが、3月末に日本のメディアとしては初めてキーウに戻った。タイミングが悪く、ブチャに入るのは少し遅れたが取材し直した。
宮野健男経済部長 資源や食料の問題は非常に重要な論点だ。日本の経済報道は、これまで財政など国内テーマが中心だったが、大きく変わったと受け止めている。
廣田委員 戦争をやめることは、始めることよりも難しいかもしれない。戦争のやめ方についての報道もお願いしたい。それに当たっては、ロシアのプーチン大統領の判断や責任の検証はもちろんだが、ゼレンスキー大統領の政治を検証することも必要ではないか。報道や言論の自由がないということが何を巻き起こすのかも伝えてほしい。世界各国でこの侵攻、戦争がどう報じられているのか、世論とか市民の考え方も知りたい。中国については細かく報じられているが、例えばインドはいったいどう考えて、どう動いていくのかも追ってほしい。
▽軍事戦略
曽我部委員 軍事戦略に関する記事があまりなかったと思う。戦略や、どういう兵器が投入されているかは興味を引き、ゲーム感覚になってしまう危険もある。取り扱いには注意すべきだが、戦争の現状を伝える一定の意義はある。ウクライナでは既存の通信インフラが被害を受けており、衛星通信が活用されている。こうした裏側も報じていたら、さらに多角的になった。ウクライナの障害者に関する記事があり非常に良かった。障害者が置かれた過酷な状況と援助に奔走する団体などが詳しく書かれていた。
鎌田委員 「戦争とメディア」は報道のテーマの一つにする必要がある。あまり触れられていないので今後、報道をお願いしたい。ウクライナ侵攻は交流サイト(SNS)という新たなツールがある中で初めての本格的な戦争だ。SNSは大事なメディアだと思うが、発信された偽情報を西側メディアがチェックし拡散を防止したこともあった。既存のメディアがチェック機能を果たすのは、信頼性を高めることにつながるのではないか。
有田外信部長 軍事戦略については日々の戦況報道の中で、欧米からの武器供与などを連日のように伝えている。もう少し長期的な視点でウクライナとロシアが何を考えているかを工夫して見せる余地はあると思う。
小渕敏郎編集局長 ロシア国内の世論の動きを把握するのは難しいが、しっかりと見極め、目を配っていく必要がある。戦争とメディアという点では、戦後の報道機関は絶対にもう二度と戦争をしないと誓って再出発した。権力の監視に立脚し、言論や表現の自由を制約するような動きに対しては、批判的な記事を書かなければいけない。
ウクライナ侵攻 |
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ロシアは2月24日、隣国ウクライナへの軍事侵攻を開始した。北部の首都キーウ(キエフ)に一時迫ったが攻略に失敗、4月上旬ごろに北部から撤退した。一時占拠した地域では多数の民間人虐殺が判明。ロシア軍は東部ドンバス地域などの支配地拡大に軸足を移したが、米欧諸国の武器支援を受けるウクライナ軍が各地で激しく抵抗を続けている。日米欧は強力な経済制裁を発動、ロシアは強く反発しており、日本との平和条約の締結交渉を中断すると発表した。 |
【サブテーマ】沖縄復帰50年
沖縄の未来描け―曽我部氏 意識差どう埋める―鎌田氏 証言掘り起こしを―廣田氏
「沖縄復帰50周年記念式典」で式辞を述べる玉城デニー知事=5月、沖縄県宜野湾市
▽多角的視点
曽我部委員 基地問題と経済格差に論点が絞られていた。この二つが重要であることに異論はないが、もう少し多角的に報じられなかったか。基地の過重負担や不平等という観点一辺倒でいいのか。日米安保も含め軍事同盟には巻き込まれるリスクと見放されるリスクがあるが、前者が過剰に強調されていた。全国的な視点を失ってはいけないのではないか。
鎌田委員 共同通信は県民調査、世論調査を実施し基地問題について聞いた。例えば基地は現状のままでいいという回答が全国で40%、沖縄で26%となり、沖縄と本土の意識のギャップがよく分かった。何十年も前から変わらないテーマだが、これをどう埋めていくのかが沖縄を考える時の一つのテーマになると思う。基地や日米同盟の重要性という大前提は分かるが、それとは別に沖縄の問題には正面から向き合うべきではないか。
廣田委員 戦争で家族を失い、全てが破壊されたという沖縄が抱えている悲しみは、平和を訴える強い力になっている。88歳の自民党の元幹部が復帰50年の節目だからと政治資金の裏話をした記事があった。高齢化で証言できる人がどんどん亡くなっていく。本土の人間がもっと関心を持つよう、常に沖縄から発信してほしい。
大森圭一郎福岡支社編集部長 沖縄の現状がどこからきているのかを考えれば、戦争と基地の問題は重きを置かざるを得なかった。戦争や復帰前を知る人は、どんどん少なくなっていくので、新しい事実を引き続き掘り起こしていきたい。
▽侵攻の見方
曽我部委員 経済問題では沖縄振興予算の取り上げ方に違和感を抱いた。国と県との政治的な駆け引きの観点から専ら取り上げていたが、巨額の予算が投入されながら経済格差が改善されないのはなぜかが、よく分からない。振興予算の中身こそ議論すべき話ではないか。沖縄の産業の未来をどう描いていくのかを報じた方が良かった。
鎌田委員 節目に合わせ、早くからさまざまな企画を出稿していた。大型連載企画は芸能からスタートし、今の沖縄に一番フィットしている気がした。その後、貧困や基地の問題などにつながり、製造業が育たず、観光に依存している経済を見直すべきではないかというトーンで終わっていた。いい企画だった。
廣田委員 復帰50年がウクライナ侵攻の真っただ中にあったが、沖縄の人がどう感じたかについて報道が少なかった。ウクライナ侵攻が日本国内でのプロパガンダに利用されるのはいけないと思っていたが「日本の防衛を再考すべきだ」といった危機に便乗する議論が出ている。沖縄の人が侵攻をどう見ているのかを知りたかった。
大森福岡編集部長 経済に関しては厳しい現状から脱却するためのヒントを提示できないかと考えた。ただ、なかなかゴールが見えず、明快な正解がなかった。沖縄の人たちはウクライナ侵攻を自分たちの身に置き換えて、有事の最前線になるのではないかという危機感を、かなり持っているように思う。
小渕編集局長 沖縄ではさまざまな構造的問題があるが、一つ一つの事実を報道し、読者に考えてもらえるような材料を提供していきたい。
沖縄の日本復帰 |
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太平洋戦争後、1952年4月発効のサンフランシスコ平和条約で日本は主権を回復した。69年、佐藤栄作首相とニクソン米大統領は沖縄からの核兵器撤去、日米安全保障条約に基づく事前協議制度を適用する「核抜き・本土並み」で返還合意。その裏で有事の核再持ち込みを認める密約を交わした。米国の施政権下に置かれていた沖縄は72年5月15日、日本に復帰。国土面積の約0・6%の沖縄に、今も在日米軍専用施設の7割超(面積ベース)が集中している。 |