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第78回会議(安倍首相辞任・菅内閣発足・『新』立憲民主党結成、戦後75年報道)

首相辞任、戦後75年を議論 「報道と読者」委員会

報道と読者委員会

「報道と読者」委員会第78回会議。(奥左から)鎌田靖委員、廣太智子、曽我部真裕委員=10月24日、東京・東新橋の共同通信社

 共同通信社は10月24日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第78回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が「安倍首相辞任・菅内閣発足・『新』立憲民主党結成」と「戦後75年報道」について議論した。

 ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は7年8カ月にわたる安倍政権の検証報道を今後も続けるよう要望した。「安倍政権とは一体何だったのかをじっくり考える間もなく菅内閣が誕生した」と指摘した。

 弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は菅義偉首相ら3氏が争った党総裁選の報道に関し「コロナ禍で格差や非正規労働者、子どもの貧困といった喫緊の問題にどう取り組む考えか、分からなかった」と注文を付けた。

 京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は「リーダーとなる人たちの資質を国民が知っておくことは民主主義の土台だ」と強調、政治家の資質をもっと論じるべきだと提起した。

 戦後75年報道について、廣田氏は戦争体験のインタビューに応じた94歳の女性が「死ぬ前に話せてよかった」と語った記事を挙げ「戦争体験を実名で記事にすることは大変だと思うが、若い世代に伝わる記事を残してほしい」と求めた。

 曽我部氏は「コロナ禍の『自粛警察』のような問題は戦時下にもあっただろう」として、現代に通じる視点の必要性を訴え、鎌田氏は「記念日ジャーナリズムと言われようと、続けていくしかない。それがメディアの大きな役割だ」と訴えた。

首相辞任、戦後75年を議論 「報道と読者」委員会

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第78回会議が10月24日開かれ、「安倍首相辞任・菅内閣発足・『新』立憲民主党結成」と「戦後75年報道」について議論した。ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は安倍政権の検証報道を今後も続けるよう要望した。弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は自民党総裁選の報道に関し「コロナ禍での子どもの貧困といった喫緊の問題に3人がどう取り組むのか、分からなかった」と注文を付けた。京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は戦後75年報道に関し「自粛警察のような問題は戦時下にもあっただろう」と指摘、現代に通じる視点を求めた。

【メインテーマ】安倍首相辞任・菅内閣発足・『新』立憲民主党結成

前政権検証継続を―鎌田氏 格差や貧困論じて―廣田氏 政治家資質問え―曽我部氏 

自民党総裁選での安倍前首相(左)と菅首相=9月、東京都内のホテル

自民党総裁選での安倍前首相(左)と菅首相=9月、東京都内のホテル

意見を述べる鎌田靖委員=10月24日、東京・東新橋の共同通信社  ▽7年8カ月

 鎌田靖委員 安倍晋三首相辞任で報じなければならない最大のテーマは7年8カ月の安倍政権の検証だ。安倍政権とは一体何だったのかをじっくり考える間もなく、自民党総裁選が始まって菅内閣が誕生した。批判が多いのに、どうして長く続いたのか。「親安倍」「反安倍」の短絡的な対立によって、われわれ自身が安倍政治を生み出したとの指摘もある。検証報道を続けてほしい。

 廣田智子委員 一番の関心事は、次の首相がどんな考えの持ち主なのかだった。総裁選に出馬した3人の政策は記事や図表でまとめられているが、もっと詳しく紹介してもよかった。コロナ禍で格差や非正規労働者、子どもの貧困といった喫緊の問題にどう取り組む考えか、分からなかった。特定秘密保護法や安保法制、原発などに関する見解も知りたかった。選択的夫婦別姓や同性パートナーシップについて、3人の違いをまとめた記事はよかった。

意見を述べる曽我部真裕委員=10月24日、東京・東新橋の共同通信社

 曽我部真裕委員 安倍政権は右派的なイデオロギーと裏腹に、女性活躍や子育て支援、教育無償化など社会民主的であり、疑似左派的な側面もあるとされる。また、公文書改ざんなど民主主義や立憲主義の観点から将来に禍根を残した。非常に多面的で、検証を要するポイントは多い。この間、複数の連載記事など充実していたが、例えばアベノミクスの検証でも成長戦略や新しいビジネスの創出とかいった観点があまりなかった。

 山根士郎政治部長 政治手法とか外交安保、森友、加計問題などさまざまな観点から企画・連載を関係各部で出稿した。ただ、辞任翌日から後継首相選出を巡る日々の出稿に追われた側面もあり、検証不足との指摘もいただいた。引き続き粘り強く取り組んでいく。

 ▽スローガン

 鎌田委員 自民党が各報道機関に対し、記事や写真の内容、掲載面積に触れながら、総裁選候補を必ず平等に扱うよう文書で求めた。これは大きな問題だ。共同通信は批判的に書いているように、メディア統制の流れの一環ではないか。きちんと報じる必要がある。

意見を述べる廣田智子委員=10月24日、東京・東新橋の共同通信社

 廣田委員 菅義偉首相は世襲のエリートでない、たたき上げということで注目した。気になったのが「自助・共助・公助、そして絆」というスローガンだ。記事はいろいろ出ているが、読んでも何を意味するのかよく分からなかった。個人の努力だけでは解決できない問題が山積の今、新首相が言う「自助」とは何かが問題だ。

 曽我部委員 政治家の資質を論じてほしい。政治や社会、人生に対する基本的な考え方のほか、実際の執務能力が論じられることが少なかった。リーダーとなる人たちの資質を国民が知っておくことは民主主義の土台だ。「菅首相の論戦力に危うさがある」と取り上げたのはその通りだ。総裁選の記事は、党内の派閥力学とかに傾きがちだったのではないか。

 鈴木博之論説委員長 自助、共助、公助とは何か、首相本人が説明を尽くしていない。野党側は対立軸としているので国会論戦を注目していく。

自民党総裁選3候補の主な政策  ▽弱い野党

 鎌田委員 日本学術会議の任命拒否は、説明がないことが最大の問題だ。ただ「学問の自由、言論の自由は独裁主義から民主主義を守る」という論だけで、国民に伝わるのかどうか心配している。ネット上には相当間違った学術会議への批判があふれているが、それにきちんと反論する記事があった。説得力がある。

 廣田委員 菅首相は安倍政権継承と言うが、大きな国家像を語っていない。安倍氏がいなくなり、護憲とか平和運動の担い手はどうなるのか。野党が合流して新立憲民主党が設立されたが、盛り上がりに欠ける。国民が菅政権にどう向き合い、何を旗印にまとまっていくのかを論じてほしい。

 曽我部委員 日本政治は野党が弱いことが根本的問題の一つだ。報道機関が自民党的な枠組みに引きずられ、無意識にリベラル政党の主張を小さく扱う傾向に陥っていないか。野党が強くなれない構造の一端を報道も実は担っているのかもしれない。常に自問自答して、刷新していく意識が求められる。

 山根政治部長 インターネットやSNS(会員制交流サイト)の発達で価値観が多様化し、事実ではない情報が広く拡散されている。なるべく色を付けずにたんたんと事実を伝えるのが、読者に訴求力があるのではないかと考えている。

 沢井俊光編集局長 これまでの取材手法を見直し、体制を組み直すことが必要ではないかと考えた。性根を据えて取材の足腰を鍛え直していかなければいけない。

自民党総裁選
 自民党の最高責任者である総裁を決める選挙。自民党は現在衆院で過半数を占めるため、事実上、次の首相が決まる。体調不良を理由に辞任表明した安倍晋三前首相の後任を決めるために9月に実施。石破茂元幹事長、菅義偉官房長官(当時)、岸田文雄政調会長(同)の3氏が国会議員票394と地方票141の計535票を争い、菅氏が377票を得て選出された。全国一斉の党員・党友の投票は見送られた。任期は安倍氏の残り任期が満了する来年9月末まで。

【サブテーマ】戦後75年報道

証言何残し伝える―廣田氏 現代に教訓示せ―曽我部氏  メディア責任重い―鎌田氏

東京・日本武道館で行われた全国戦没者追悼式=8月15日

東京・日本武道館で行われた全国戦没者追悼式=8月15日

 ▽マンネリ化

 廣田委員 戦争や被爆の体験者がどんどん亡くなり、何をどう残し伝えるかが非常に重要だ。戦後75年の一連の記事は多面的、多角的に論じられていた。印象に残ったのは、勤務先の戦闘機工場で空襲に遭った日の恐怖を語った94歳の女性の「死ぬ前に話せてよかった」という言葉だ。戦争体験を話してもらい、実名で記事にすることは大変だと思うが、若い記者らに頑張ってもらい、若い世代にも伝わる記事を書き、残してほしい。

 曽我部委員 被爆者の相談カルテを紹介した連載で、被爆者の夫を支えるために妻が売春をして生きざるを得なかったという記述があった。まさに生の記録が残っているからこそで、記録の保存が重要だと分かる。障害者の戦争体験に関する記事は、戦時という究極的な状況下で弱者がどのように切り捨てられていくのかをリアルに語っている。現代の日本でも人間を生産性で語る言説が幅を利かせがちだが、行き着く先がどうなるのかを歴史的事実として示している。

 鎌田委員 直接の経験者がいなくなる中で、どう戦争を継続して語り継ぐか、次の世代に伝えるかという大きなテーマは、基本的に10年も20年も前から変わらない。戦争に絡む話がマンネリ化してしまうのは避けられない。そんな中で一生懸命、新たな切り口に知恵を絞り、証言の掘り起こしをしたのだろう。個々の証言を丁寧に掘り起こす長期連載は非常にリアルで読み応えがあるし、被爆体験の継承活動をする若者100人アンケートなどは意義があった。

太平洋戦争の日本人死者数

 名古谷隆彦大阪社会部長 身近な戦争体験者の話を聞く企画を5年前に始め、機銃掃射で追いかけ回されて死にかけたという話を父親に初めて聞いた。私自身、とてもいい経験になった。若い記者が育つ機会にもなっている。

 ▽通年で発信

 廣田委員 戦争をリアルに感じるには、戦跡などその土地に行くのが力になる。場所が放つ「声」を聞く力を養うには、基礎的な事実を事前に知ることが必要で、若い世代は教育でつくられるのではないか。重要なのは教科書だが、今どうなっているかを大きく扱う記事はなかった。大人は新聞から知識を得る。戦後75年だから、8月が来るからではなく、通年で発信してほしい。

 曽我部委員 コロナ禍の「自粛警察」のような問題は戦時下にもあっただろうが、実際、戦前はどうだったのか。歴史を継承し、報じる意義の一つは、現代への教訓を示すことにある。現在の問題と結びつける視点があると、読者も興味を持つのではないか。

 鎌田委員 戦前、国民を戦争に駆り立てた責任の一端はメディアが負っており、その責任から逃れることは絶対にできない。記念日ジャーナリズムと言われようと、この取り組みは手を抜くわけにはいかないし、続けていくしかない。それはメディアの大きな役割だ。

 中村毅社会部長 まだ悲惨な体験を語っていない人も多く、今後も粘り強く掘り起こしていく。証言を記録し、現代に通じる教訓をあぶり出す視点が必要だ。

 沢井編集局長 若手の記者たちが問題意識を持って戦後報道に取り組んでいる。来年の太平洋戦争開戦80年、さらに戦後80年に向け、どういう視点を持つべきか議論したい。

太平洋戦争
 1941年12月8日(米時間7日)、旧日本軍が米ハワイの真珠湾にある米軍基地を奇襲攻撃して始まった米国や英国などの連合国との戦争。日本は太平洋や東南アジアなどに戦線を広げたが、45年3月に米軍が沖縄に上陸し、住民を巻き込んだ地上戦が勃発。8月には米軍が広島、長崎に原爆を投下。旧ソ連も参戦し旧満州(中国東北部)に侵攻すると、日本は連合国によるポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した。

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