第77回会議(新型コロナウイルス感染問題)
新型コロナ報道巡り議論 「報道と読者」委員会

「報道と読者」委員会第77回会議。(奥左から)鎌田靖委員、廣田智子委員、曽我部真裕委員=6月27日、東京・東新橋の共同通信社
共同通信社は6月27日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第77回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が新型コロナウイルスの感染問題を巡る報道について議論した。
ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は、世界的に同時進行する大きなテーマだと位置付け「どれだけ多角的に報道できたかが問われる」と強調。「節目ごとの検証記事と、第2波に備える先を見据えた報道が求められる」と提言した。コロナ禍の制約がある中でも十分な取材機会を確保するほか、社会的弱者への視点を重視するよう促した。
京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は、新型コロナウイルス特別措置法に基づく外出自粛や休業要請に関し「私権制限の恐れがあると批判するだけでは十分ではない」と指摘。「行き過ぎた制限かどうかをチェックすることが重要だ」と、掘り下げた分析を求めた。検証記事に関し「政策や判断の合理性を問うことを充実させるべきだ」と提起した。
弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は、外出禁止や休業の強制など、より強権的な措置に肯定的な意見が増えているとの認識を表明。「恐怖や不安から、住民間で相互監視する社会になり、管理される方が安心と多くの人が考えるようになっている」と懸念を示した。同時に「簡単に自由を手放してはいけないと伝え続けてほしい。コロナがもたらす食料危機など世界規模の問題も幅広く発信してほしい」と訴えた。

新型コロナ報道巡り議論 「報道と読者」委員会
共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第77回会議が6月27日開かれ、新型コロナウイルス感染を巡る報道について議論した。ジャーナリストの鎌田靖氏は多角的な報道や、第2波を見据えた記事などが必要と指摘。京大大学院教授の曽我部真裕氏は、新型コロナウイルス特別措置法に基づく私権制限に関する掘り下げた分析を要請、政策の合理性を問う検証記事の充実も求めた。弁護士の廣田智子氏は休業の強制など強権的な措置を肯定する意見が増えていることに懸念を示した。
【メインテーマ】新型コロナ報道巡り議論
第2波見据え報道―鎌田氏 意思決定が不明確―廣田氏 政策判断検証を―曽我部氏

全国知事会が開いた新型コロナウイルスの感染対策会合=4月、東京都千代田区

鎌田靖委員 新型コロナウイルス感染の問題は、世界的に同時進行して関心が持たれる大きなテーマで、どれだけ多角的に報道できたかが一番問われる。日々の動きを報じると同時に、節目ごとの検証記事が必要だ。第2波の恐れもあり、それに備える先を見据えた報道も求められる。重要なことは感染症を「正しく怖がる」ことだ。どのように正しく怖がればいいかを伝えてほしい。

廣田智子委員 戦争は別とすると、これほど広く一般に国民の行動や自由を制限する事態はなかったのではないか。そうした中で、専門家会議廃止や一斉休校の要請など意思決定の過程が非常に曖昧だった。特に、政府が国民に求めた「人との接触を8割減らす」目標は、誰が何に基づいて決めたのか明確でなかった。「8割減仮説」や想定死亡者数の報道が少なかったように見える。抑制的にしたのなら一つの見識だが、報道しなければ検証の対象にならない。

曽我部真裕委員 政府や自治体の施策に関し、批判を含め多様な視点で報じることが重要だ。各種の支援金支給の対象から風俗業が除外されていた問題を指摘し、見直しに結びつけたことは、報道の成果だ。一方で、新型コロナ特措法に基づく外出自粛や休業要請について、私権制限の恐れがあると批判するだけでは十分ではない。私権制限自体は法律の想定内で、乱用した場合が問題となる。行き過ぎた制限かどうかを掘り下げてチェックすることが重要だ。海外の報道は多かったが、もっと日本との比較をしてほしい。
高橋秀樹科学部長 9年前の東京電力福島第1原発事故のときと同様に「正しく怖がる」というテーマに向き合った。ウイルスの性質が分からず、当初は手探りの状態だったが、できるだけ難しい言葉は使わず、読者に引きつけて伝えていこうと心を砕いた。8割減や想定死亡者数は理解できない部分や現実的でない前提があり、かなり抑制的に書いた。
松浦基明政治部長 政府内の意思決定過程は、取材して集まった材料で、その都度書いてきたが全容解明とは言い難い。他部とも連携して今後も継続して取材していく。

東京・高円寺のダイニングバーの看板で見つかった休業を求める張り紙
鎌田委員 新型コロナ特措法を改正して強制力を持たせることに前向きな一般市民が多くなっている。自由を制限することに抑制的でなくて、本当にいいのかという懸念がある。
廣田委員 各社の世論調査で以前は緊急事態宣言に反対が多かったのに、外出禁止などの法整備を支持する意見が増えてきて驚いた。こうした国民心理の分析記事を書いてほしい。
曽我部委員 検証記事は必要だが、少なくとも2種類あるのではないか。一つは誰が言い出して最終的にどう決まっていったかという経緯を探る記事。もう一つは、政策や判断自体の合理性がどうだったかという分析だ。国民生活に直接影響するのは後者で、こちらを問うことを充実させるべきだ。
松浦政治部長 権利を擁護されるはずの国民の側がむしろ制限を望む心理状態は、非常事態に特有のパニック的な現象ではないか。権利制限を迫られて苦境に陥る人々の声を伝え、正しく実態を理解してもらうことが重要だ。
鎌田委員 コロナ禍で対面取材が十分できないという話を聞く。行き届いた取材ができているかとの懸念がある。

近沢守康外信部長 ローマやパリ、ニューヨークはロックダウンされて、特派員は対面取材ができなかった。ウェブ上の記者会見を見たり、メールやネットで取材したりするしかなく、じくじたる思いだ。インパクトのある、人の心を打つような記事は、人と会って直接取材しなければいけない。
中村毅社会部長 社会部記者は基本的に現場に行って人の話を聞くことが欠かせない。記者が感染を拡大するリスク、記者が感染してしまうリスクの両面に最大限注意しながら取材している。
▽メッセージ廣田委員 Q&Aなどの生活者の視点で書かれた記事は、コロナウイルスが物の上でどのくらい生きているのかや、アルコール消毒後に拭く理由など、重要なことが分かりやすく書かれており良かった。

曽我部委員 感染者や医療従事者らへの差別や「自粛警察」に関する記事は多く有益な取り組みだが、客観的に「こういうことがあった」だけでなく、差別を減らすメッセージが伝わるよう工夫できればなおいい。
鎌田委員 社会的弱者への配慮が新聞の役割の一つ。大学生が苦しんで退学も検討しているとか、介護施設で多くが亡くなったとか、配慮の効いた原稿が目立った。しわ寄せは弱者にくるという記事は大事だ。
中村社会部長 自粛警察や差別の問題では寛容さや思いやりを失ってはいけないと書いてきたつもりだが、社会に伝わるよう心掛けたい。
古池一正生活報道部長 新型コロナによる死者の14%が介護施設入所者だったとの独自調査を報じた。厚生労働省も把握していない数字だった。
新型コロナウイルス特措法 |
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新型コロナウイルス特措法 2013年に施行された新型インフルエンザ等対策特別措置法の適用対象に新型コロナウイルス感染症を追加した改正法。感染が急速に拡大した場合に首相が「緊急事態宣言」を発令すれば、都道府県知事は法的根拠を持って外出自粛や遊興施設の休業などの要請・指示を出すことができる。対象施設名を公表する権限もある。 |
自粛警察 |
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自粛警察 新型コロナウイルスの感染拡大で行政が休業や外出自粛を要請した際、他者に自粛を強いる行為や風潮などを指す。インターネットなどで使われるようになった。飲食店に休業を要求する張り紙をしたり、「他県ナンバー」の車に嫌がらせをしたりした事例がある。匿名での陰湿で攻撃的な言動が多く、相互監視社会を招くとして問題視されている。休業している店に張り紙をするなど、事実誤認に基づくケースもあった。 |
【報道への提言】
変化を前向きに―曽我部氏 対策の評価明確に―鎌田氏 監視社会自由壊す―廣田氏
―今後の新型コロナ報道に提言を。曽我部委員 アフターコロナ、ウィズコロナで、産業構造や働き方が変わる可能性がある。デジタル化が長時間労働、ジェンダー不平等などを緩和する可能性も秘めており、前向きにとらえて報じてほしい。一方でコロナ禍とその対応は日本の課題を可視化した。政策の意思決定や政府・行政と専門家の役割分担は曖昧で、医療体制は弱く、教育は全く動かなくなった。継続的に検証してほしい。新型インフルエンザの時も同様の問題が指摘されたが、放置されていた。報道機関の役割は大きい。
鎌田委員 これまでの政府の新型コロナ対策をどう評価すればいいのか。緊急事態宣言が終了して若干冷静に見られる時期になったので対策への評価を多くの人が求めている。評価するのか、しないのか、明確にしてほしい。またコロナは最初は訳が分からず怖かったが、研究が進んでえたいの知れないものではなくなりつつある。私たちはコロナと付き合っていかなければいけない運命なので、だんだん良くなっていると自信を持たせ、安心につながる側面も報道に加味してほしい。
廣田委員 コロナ問題は「自由とは何か」との問いを投げ掛けた。恐怖や不安から、住民間で相互監視する社会になり、管理される方が安心と多くの人が考えるようになっている。自由が壊れると民主主義が壊れて取り返しがつかない。自由は多くの犠牲の下で今自分たちの手にあり、簡単に手放してはいけないと伝え続けてほしい。グローバル社会で日本だけ収束しても駄目で、経済格差やコロナがもたらす食料危機などを世界規模で考える必要もある。幅広く問題を発信してほしい。
井原康宏編集局長 政府や自治体の判断、政策の妥当性を検証することは第2波が来た時の対策にもつながるので、引き続き取り組みたい。強制力を伴う法改正に賛同する人が増えていることは意外感を持っている。感染者たたきや自粛警察と重なる部分があり、改めて深掘りする。コロナでリモート取材が多くなっているが、基本は一対一の対面取材だ。
〈おことわり〉3月に予定していた「報道と読者」委員会第76回会議は、新型コロナウイルス感染拡大を考慮し中止となりました。