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第75回会議(京アニ事件犠牲者実名報道、参院選)

京アニ、参院選を議論 「報道と読者」委員会 

報道と読者委員会

「報道と読者」委員会第75回会議。(奥左から)鎌田靖委員、廣田智子委員、曽我部真裕委員=11月2日、東京・東新橋の共同通信社

 共同通信社は2日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第75回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が京都アニメーション放火殺人事件の犠牲者の実名報道と、参院選を巡り議論した。

 3委員とも実名報道の方向性は認めた上で、ジャーナリストの鎌田靖(かまだ・やすし)氏は「根底にはメディアへの不信感がある。知る権利に応えるといった実名報道の理屈が、一般の人に説得力を持っていない」と問題提起。「悩みながら報道に携わっているプロセスを明かすことが大事。信頼回復から始めなければいけない」と指摘した。

 京大大学院教授の曽我部真裕(そがべ・まさひろ)氏は「事件報道に公共性があるのは明らかだが、被害者の実名にまであるのか。本人や遺族の意向を尊重すべきではないか」とし、実名報道の必要性を論拠を持って説明するよう求めた。

 弁護士の廣田智子(ひろた・ともこ)氏は、京アニ事件で警察が遺族に実名発表の意向を確認したことに関し「同意を発表の条件にするのは非常に問題。誘導も容易にできる」と述べた。

 参院選の報道では、廣田氏が、今回初めて議席を獲得したれいわ新選組などに関し「投票前の記事で、ほとんど取り上げられなかったことに違和感がある」と疑問を呈した。

 曽我部氏は報道全体について「予備知識のない人でも分かる記事を提供してほしい」と話し、鎌田氏は「工夫と努力が必要だ。ビジュアルをもう少し意識する紙面作りをしてほしい」と求めた。

京アニ、参院選を議論 「報道と読者」委員会 

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第75回会議が2日開かれ、京都アニメーション放火殺人事件の被害者の実名報道や参院選を巡り議論した。ジャーナリストの鎌田靖氏は「知る権利に応えるといった実名報道の理屈が、一般の人に説得力を持っていない」と問題提起。京大大学院教授の曽我部真裕氏は「公共性が被害者の実名にまであるのか。本人や遺族の意向を尊重すべきではないか」と指摘した。弁護士の廣田智子氏は、れいわ新選組などについて「投票前の記事で、ほとんど取り上げられなかったことに違和感がある」と、疑問を呈した。

【メインテーマ】京アニ放火事件の犠牲者実名報道問題

実名論拠説明を―曽我部氏 報じる悩み記事に―鎌田氏  遺族と信頼築いて―廣田氏

煙を上げ、壁面が黒焦げとなった「京都アニメーション」第1スタジオ=7月、京都市伏見区

煙を上げ、壁面が黒焦げとなった「京都アニメーション」第1スタジオ=7月、京都市伏見区

意見を述べる鎌田靖委員=11月2日、東京・東新橋の共同通信社  ▽説得力

 鎌田靖委員 メディアの一番大事な仕事はファクトの提示だ。事件、事故で名前は象徴的なファクト。実名報道を崩すべきではない。ただ、人ごとを「自分ごと」と感じてもらう訴求力や、知る権利に応える、権力監視に寄与するといった実名報道の理屈が、一般の人に全く説得力を持っていないのが最大の問題。根底には既存メディアへの不信感がある。名前を出す必要がないと思う人を説得する方策を考えることは、既存メディアの根幹に関わる。

 廣田智子委員 京都アニメーションの事件は性質上、被害者を匿名にしなければいけないものとは思わない。実名報道は納得できるが、丁寧な説明が必要。最初に10人の名前が公表された翌日の(8月3日付)朝刊には、公表までの過程や考え方が多面的に述べられていて説得力があった。ただ報じる時期の説明は足りない。なぜ急いで実名を出さないといけないのか、少し落ち着いて遺族と関係性をつくってからでも遅くはないとの意見も強い。

意見を述べる曽我部真裕委員=11月2日、東京・東新橋の共同通信社

 曽我部真裕委員 事件、事故報道に公共性があるのは明らかだが、被害者の実名にまであるのか。被害者は「公共性の舞台」に自ら上がったわけではない。著名人のような場合を除き、本人や遺族の意向を尊重すべきではないか。一般的に実名の方が訴求力があることは誰も否定しないが、強く拒否した時にその理由で正当化できるのかは疑問だ。実名報道の必要性を論拠を持って説明することが、伝統的メディアが信頼を得るための試金石になる。

 中村毅社会部長 遺族の意向を無視し、公共性で押し切るのは成り立たない時代だ。遺族感情に配慮しつつ、実名報道をどう維持するかを真剣に考えなければならない。訴求力や検証可能性といった従来の抽象的な原理原則ではなく、被害者を実名で報じる意味を読者に理解してもらえる説得力のある記事が必要だと考えている。

 ▽ルール

 鎌田委員 朝刊(8月2日付)に犠牲者名公表の調整が難航しているとの記事が出た。名前を巡って警察とメディアの間で何かが起きていると読者が気付く、こういう記事は必要。今回、警察が遺族に実名を出すかどうかの意向を尋ね、遺族の窓口になるというあまり例のないことが起きて、それも記事になった。

意見を述べる廣田智子委員=11月2日、東京・東新橋の共同通信社

 廣田委員 警察が遺族の意向を確認し、同意を実名発表の条件にするのは非常に問題。検証が困難だし、都合の良い誘導も容易にできる。記事での問題提起は重要だ。

 曽我部委員 個人情報保護法の観点からすると、警察が実名で発表するか否かを判断するのは、恣意(しい)的判断の恐れはあるものの、やむを得ない。公共性があると判断し、特例的に個人情報を出す立て付けだからだ。報道側は不当な出し渋りには抗議し、警察が適切な運用をするように求めるべきだ。

 伊東雅人ニュースセンター副センター長(前大阪支社社会部長) 8月27日の25人公表の際は、京都府警の担当記者で綿密に話し合い、遺族の家には各社を代表して2人ずつが取材のお願いに行くというルールを決めた。実は、警察は取材拒否としていたのに「拒否とは言ってない」という方もいて、行ってみて分かる部分も大きかった。

 中村部長 警察が遺族との間に入って情報を独占し、取材条件まで指示するのは恣意的になる恐れがあり、先例にするべきではない。

京アニ放火殺人事件の経過  ▽悩み

 廣田委員 今回、紙面から犠牲者を実名で報じる点に関する社内でのさまざまな議論や悩みが感じられ、報道が変わったと感じた。

 鎌田委員 読者も「悩んでいるなら信用してやる」となるのではないか。悩みながら報道に携わっているというプロセスを明かすことが大事。厳しいメディア批判も踏まえ、信頼回復から始めなければいけない。

 曽我部委員 世の中では記事がどうやってできるか、知らない人が多い。報道のプロセスを見せるのは理解を得るために重要だ。紙面での説明もいいが、例えばツイッターなどいろいろ考える余地はある。

 廣田委員 記事の中に、大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件といった過去の事件の遺族コメントがあって、とても良かった。実名で語る遺族の存在とその言葉に触れて、読者は実名の意味を感じることができる。事件から何十年たっても話してくれる存在を1人でもつくるのは現場の記者。ずっと取材し、遺族との信頼関係を築く。大変だろうがやってほしい。

 伊東副センター長 遺族の父親が「数字ではなく、石田敦志というアニメーターのことを忘れないでほしい」と述べた。一人一人を名前で報じたい。

 中村部長 被害者が匿名発表だったために、警察の不手際が隠蔽(いんぺい)されそうになったことや、被害者が行政や弁護士の支援を受けられず孤立したケースもある。具体的な被害者や遺族の言葉を通して、なぜ実名報道が必要かを伝えていきたい。

 井原康宏編集局長 共同通信の中で、あるいは新聞界全体でもう一度、実名報道がなぜ必要なのかを整理して訴えていく必要がある。

京都アニメーション放火殺人事件 
 京都アニメーション放火殺人事件 京都市伏見区の「京都アニメーション」第1スタジオで7月18日午前に発生。男性14人、女性22人の計36人が死亡した。警察庁によると、殺人事件の犠牲者数としては平成以降で最悪。京都府警は殺人などの疑いで、現場で身柄を確保され、やけどで入院中の青葉真司(あおば・しんじ)容疑者(41)の逮捕状を取っている。同社は「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」「らき☆すた」「けいおん!」などのヒット作により、「京アニ」の略称でファンから親しまれている。

【サブテーマ】参院選報道

投票率アップ課題―廣田氏 ウェブ展開必要―曽我部氏  かみ砕いた記事を―鎌田氏 

参院選の選挙戦最終日、街頭演説に集まった大勢の人たち=7月、東京都墨田区(画像の一部を加工しています)

参院選の選挙戦最終日、街頭演説に集まった大勢の人たち=7月、東京都墨田区(画像の一部を加工しています)

参院選の投票率(総務省発表)

 廣田委員 参院選で24年ぶりに投票率が50%を割り込んだ。政治に無関心な人々を取り込み、若者の投票率をいかに上げるかがメディアにとっても課題だ。投票前の記事で、れいわ新選組やNHKから国民を守る党がほとんど取り上げられなかったことに違和感がある。無関心層をさらに選挙から遠ざけていないか。

 曽我部委員 安倍政権の業績評価が強く求められた。予備知識のない人でも基礎から分かる記事を提供してほしい。政策が重要な一方で、有権者は候補者の人柄を見て投票する。個々の候補者の情報をウェブサイトで紹介した新聞社もあった。ビジュアルの工夫を含めたウェブ展開の拡充は今後避けられない。

 鎌田委員 選挙報道は争点を読者に示し、投票の参考にしてもらう大事な役割があり、議会制民主主義の根幹だ。難しい政策や面白くないテーマをかみ砕き、読者に分かってもらう記事、見てもらう記事にする工夫と努力が必要になる。グラフや表などのビジュアルをもう少し意識する紙面作りをしてほしい。

 松浦基明政治部長 諸派だったれいわ新選組やNHKから国民を守る党と政党の扱いに差をつけることに、一定の合理性はあると考える。旋風を巻き起こしたのも事実なので、もう少し取り上げてもよかったとの思いはある。低投票率の問題に警鐘を鳴らす記事も出したが、効果があったとは言えない。取り組みをさらに強めていくつもりだ。ウェブ対応の新たな試みは今回、実現しなかった。模索を続ける。

 廣田委員 投票前の情勢報道は、そもそも何のために誰に向けて報じているのか。投票意欲をそぐ影響があるのではないか。

 松浦部長 選挙結果がどうなるかというのは、読者の一番の関心事項だ。そこに応える記事を出したい。一方で、投票に行く気をなくす方がいるというのはあると思う。書き方、見出しのとり方に気をつけながら対応している。

 井原康宏編集局長 デジタル展開については、新聞の価値を毀損(きそん)しないことを前提に検討するのが基本的な考えだ。時代の変化に対応できる準備を進めていく。

参院選の投票率
 参院選の投票率 7月に実施された参院選の投票率(選挙区)は48・80%で、前回2016年の54・70%を5・90ポイント下回り、過去2番目の低さだった。50%を割り込むのは過去最低の44・52%を記録した1995年以来2回目。総務省の抽出調査によると、年齢階層別で20~24歳は28・21%にとどまり、若者の投票率の低さが際立った。統一地方選と参院選が12年に1度重なる「亥(い)年選挙」は、「選挙疲れ」で参院選投票率が低下する懸念が指摘されていた。

【新聞に望むこと】

ファクトの追求を―鎌田氏 プロ魂見せつけて―廣田氏  不断の改革必要―曽我部氏 

 曽我部委員 人材育成も含め、従来型報道機関への期待はまだ極めて大きい。地方紙の元気がなくなれば、地方自治がなくなることに直結する。国際、政治、経済、社会は大きく変わり、価値観も多様化している。不断の改革により、それに即応する報道が必要だ。

 鎌田委員 新聞は基幹で、重要なメディアだ。地方紙がなくなると困る。新聞が信頼されるのは取材力に基づきファクトを取ってきて示すからだ。そこを模索し追求してほしい。記者も社も悩んでいる点も伝えれば、より信頼につながるのではないか。

 廣田委員 プロの魂を見せつけてほしい。被害者や遺族の悲しみ、苦しみに向き合って実名で報じ、その重さを抱えて取材を続け、再発防止や被害者救済につなげる。それがプロのジャーナリストの仕事だ。本物の報道を見せてほしい。新聞は社会の基盤だ。

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