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第66回会議(米大統領選)

米大統領選  「報道と読者」委員会

報道と読者委員会

「報道と読者」委員会第66回会議。奥左から清水勉委員、後藤正治委員、三浦瑠麗委員=10日、東京・東新橋の共同通信社

 共同通信社は10日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第66回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が米大統領選報道をテーマに議論した。

 11月8日の投開票日に向けた事前報道に関し、弁護士の清水勉(しみず・つとむ)氏は共和党の実業家トランプ氏と民主党のクリントン前国務長官による討論会での政策論争が深まらなかったとして「この選挙で何を議論するべきなのかという問題設定をマスコミが誘導すべきだった」と主張した。

 国際政治学者の三浦瑠麗(みうら・るり)氏は結果の予測について「ほとんど全てのメディアが読み誤った。3回の討論会は激論だったはずだが、クリントン氏の全勝と報じたのは意外だった」と指摘した。

 ノンフィクション作家の後藤正治(ごとう・まさはる)氏は「米国社会で今、何かが起ころうとしているが、それをメディアも読者もうまくつかめないもどかしさがあった」と述べた。

 トランプ氏勝利後の報道に関して、三浦氏は「環太平洋連携協定(TPP)が米国の利益になるはずなのに、なぜトランプ氏が拒絶しているのか、伝えていく必要がある」と強調。

 後藤氏は「一番読みたいのは、英国の欧州連合(EU)離脱なども含めて、世界がどこに行こうとしているかということだ」と提言した。

米大統領選テーマに提言  「報道と読者」委員会

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第66回会議が10日開かれ、委員3人が「米大統領選」の報道を巡り議論した。国際政治学者の三浦瑠麗(みうら・るり)氏は、実際の結果とは異なるクリントン氏勝利を決め打ちした事前報道に疑問を呈した。弁護士の清水勉(しみず・つとむ)氏は選挙戦での政策論争を深めるためにマスコミ側が両候補者を誘導すべきだったと指摘。ノンフィクション作家の後藤正治(ごとう・まさはる)氏は、米国社会で今、何が起きようとしているかを伝える現場感のある記事が多く必要だと述べた。

【テーマ】米大統領選

予測報道に疑問--三浦  政策議論の設定を--清水氏  米国の現場伝えて--後藤氏

9月、米大統領候補の討論会で主張をぶつけ合う共和党のトランプ氏(左)と民主党のクリントン氏=ヘンプステッド(AP=共同)

9月、米大統領候補の討論会で主張をぶつけ合う共和党のトランプ氏(左)と民主党のクリントン氏=ヘンプステッド(AP=共同)

▽読み誤り 意見を述べる三浦瑠麗委員=10日、東京・東新橋の共同通信社

 三浦委員 米大統領選の終盤、ほとんど全てのメディアがクリントン氏勝利と読み誤った。

 共同通信は、候補者討論会の分析はバランスが取れていたし、取るべきコメントは取っていた。ただ選挙戦の終盤になるに従って少し決め打ち感が出てきた。3回の討論会をクリントン氏の「全勝」としたのはちょっと意外だ。両候補とも良い点と悪い点があり、激論だったはずだ。

 後藤委員 ワシントン支局長の署名記事で「世界史にも刻まれる番狂わせ」との表現があったが、まさにその通りだったと思う。報道は総じて不足がなく、きちんとしていたとの印象だ。

 沢井俊光外信部長 世論調査には全米での総得票数に関するものと州ごとのものがあり、いろいろな設問に対してさまざまな数字が出てくる。それらを子細に分析すれば、もう少し軌道修正できたのかもしれない。ただ米主要メディアがクリントン氏勝利を予測する中で逆を張るということは難しかった。

 最近は英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票でもそうだったが、世論調査が間違うという傾向もあり、従来の手法が通用しなくなってきているとも感じている。

▽政策論争 2016年米大統領選 選挙人獲得結果(写真はAP、ロイター)

 清水委員 国民不在の大統領選だった。報道の側も日々の現象を追っているだけで、何が議論されるべきなのかという土俵の設定ができなかった。米国民のためにも国際社会のためにも、両候補がののしり合いをするのではなく、今この選挙で何を議論するべきなのかという問題設定をマスコミが誘導すべきだった。

 三浦委員 クリントン氏の敗因は経済政策を一番に打ち出さなかったことだと思う。その戦略のため、経済政策に焦点が当たらなかったが、だからといって、メディアが報道しなくていいということにはならない。

 沢井外信部長 討論会はまさに悪態のつきあいという形で、両候補のキャラクター戦になり、具体的な政策論争がなかった。日本のメディアとして、米国の政策論争をどこまで日本の読者に提示できるかというと、非常に厳しい状況だった。

▽ルポ

 後藤委員 米国社会で今、何かが起ころうとしているが、それをメディアも読者もうまくつかめないもどかしさがあったと思う。東部ペンシルベニア州で製造業の不況に苦しむ人々の声が伝えられた記事を非常に興味深く読んだ。こういう米国のいろんな問題を抱えた現地の声をもっと読みたかった。

 清水委員 米国民は政治に何を求めているのかが見える記事をもっと出してもよかったのではないか。さまざまな対象者からインタビューを取り、米国にはこういう課題があり、人々は現状をこんなふうに考えていますということを拾い上げる手はあったと思う。

 新井琢也外信部次長 現場からのルポルタージュ的なものを極力多く配信できれば一番いいと思っている。南部ジョージア州の黒人の惨状を描いたルポなども出しており、今後もできるだけ現場感の強いものを出していくべきだと考えている。

2016年米大統領選
 2016年米大統領選 米大統領選は、各州と首都ワシントンに割り当てられた大統領選挙人(計538人)の過半数(270人)の獲得を競う間接選挙。各州で最多票を得た候補がその州の選挙人全員を独占する「勝者総取り」方式が原則のため、有権者の総得票数で上回っても当選するとは限らない。16年米大統領選は11月8日に投開票され、共和党候補のトランプ氏が接戦の末、民主党のクリントン氏に勝利。クリントン氏は総得票数ではトランプ氏を上回った。

TPPなぜ拒絶か--三浦氏   価値観分からず--清水氏  世界の行方は--後藤氏

▽経済政策 2016年米大統領選 選挙人獲得結果(写真はAP、ロイター)

 三浦委員 環太平洋連携協定(TPP)に関しては、両候補の主張を取り上げ、バランスの取れた報道だったと思う。ただ、TPPが米国の利益になるはずなのに、なぜトランプ氏が拒絶しているのか、何をやろうとしているのかを伝えていく必要がある。

 東隆行経済部長 トランプ氏がTPPに反対する理由を単純に言えば米国の空洞化に尽きる。新興国に米国の仕事が奪われると選挙向けに訴えた。ただ、本当に米国の製造業が復活すると信じているとは思えない。自国のメリットになると思えば、気が変わるのではないか。

 三浦委員 トランプ氏は経済政策で、民主党本来のお題目の財政出動やインフラ投資を進める一方、中間層と富裕層への減税を進めるというが、意味合いまで書かないと、読者に分からないと思う。思想面での分析が欠けている。

 東経済部長 今、トランプ氏が言っていることは減税や金融規制の緩和など経済界、ウォール街寄りだ。医療保険制度改革(オバマケア)も見直すとしている。しかし、一番影響を受けるのは彼を支持した労働者らだ。折に触れて問題点を出稿していきたい。

トランプ次期米大統領の住居があるニューヨークのトランプタワー(共同)

トランプ次期米大統領の住居があるニューヨークのトランプタワー(共同)

▽価値観 意見を述べる後藤正治委員=10日、東京・東新橋の共同通信社

 後藤委員 トランプ氏がこれまで共和、民主両党を行ったり来たりしていたことを紹介する記事があった。彼に定見とか哲学があるのかと考えさせられた。

 清水委員 トランプ氏の政治的な価値観は何だろうか。長年の慣例を破って台湾の総統と電話会談するなど、事業家のセンスが先に出ているのではないか。

 沢井俊光外信部長 核となる価値観があるのかないのか分からず、トランプ氏が何者かは見えにくい。ただ台湾の総統と話をしたのは「俺は今までの大統領と違う」と中国に見せつける意図があったと分析できる。そういうことの積み重ねを通じて彼が何を考えているかを読者に提示したい。

▽世界の行方

 後藤委員 トランプ氏の勝利は社会的な退歩と映って仕方がない。一番読みたいのは、英国の欧州連合(EU)離脱なども含めて、世界がどこに行こうとしているのかということだ。

 杉田弘毅論説委員長 選挙結果を納得いくまで分析し、世界の行方を探っていく必要があると思う。また、トランプ氏の外交はこれまでの常識が通用しない形で進む可能性がある。予断を持たずに取材することが非常に大事だ。

意見を述べる清水勉委員=10日、東京・東新橋の共同通信社

 清水委員 選挙後の報道はすごく面白い。たとえば「近所の人は誰を支持していますか、との問いを加えるとトランプ氏の支持率が上がった」などの報道は前倒し的にやることも可能だったのではないか。

 梅野修編集局長 冷戦後、米国独り勝ちの状況が続いたが、ここに来て、国益を優先する自国第一主義の流れになってきた。そうした国際情勢の的確な分析が必要だ。今後、新しい世界秩序ができるのかどうか、注視していく。

TPP
 TPP Trans--Pacific Partnershipの略で、環太平洋連携協定などと訳される。太平洋周辺地域での貿易自由化や投資、知的財産のルールを定めた包括的な協定で、日本は2013年7月から交渉に加わった。参加12カ国は昨年10月に大筋合意。今年2月に署名し協定文が確定した。次期米大統領のトランプ氏は来年1月の就任日にTPPから脱退すると表明している。

「親の思い胸に迫る」  大川小津波訴訟も議論

 「報道と読者」第66回会議では、東日本大震災の津波被害で死亡・行方不明になった宮城県石巻市立大川小の児童74人のうち23人の遺族が、損害賠償を求めた訴訟の判決の報道も議論した。仙台地裁は10月26日、計約14億2600万円の支払いを市と県に命じた。

 三浦瑠麗委員は「全容が明らかにならずやるせない。親の思いは胸に迫る。なぜ訴訟に踏み切ったかを知ることが、同じようなつらいケースで行動のきっかけになるのではないか」と指摘した。

 後藤正治委員は「報道で抜けていると感じたのは、訴訟に加わっていない遺族のこと。さまざまな思いと事情があったと思う。伝えられる範囲で伝えてほしかった」と述べた。

 清水勉委員は「教師の遺族や助かった子どもの親、地域の人たちにも思いがある。復興を見据え、それを記事にしてほしい。地域の人たちが読む記事になるなら、全国の人が読む」と求めた。

 小池智則・仙台支社編集部長は「亡くなった子どもが帰ってこないこと、全容が明らかにならなかったことでむなしさが残った。今後は、裁判に加わらなかった人たちの思いも伝えたい」と話した。

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