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第61回会議(邦人人質、総選挙)

邦人人質と総選挙を論議  「報道と読者」委員会

報道と読者委員会

「報道と読者」委員会第61回会議に臨む(奥左から)神田安積、佐藤卓己、太田差恵子の各委員=14日、東京・東新橋の共同通信社

 共同通信社は14日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第61回会議を東京・東新橋の本社で開き、3人の委員が「邦人人質事件とフランス連続テロ」「衆院解散・総選挙」の報道をテーマに議論した。

 邦人人質事件の報道に関し、弁護士の神田安積(かんだ・あさか)氏は、安倍晋三首相の1月の中東政策演説と事件の因果関係について「もう少し明らかにしてもよかった」と述べた。

 介護・暮らしジャーナリスト太田差恵子(おおた・さえこ)氏は、過激派組織に「イスラム国」の呼称を使う経緯をただした。朝日新聞記者のシリア入りを一部のメディアが非難したことについて「なぜ文句を言うのか不思議に思った」と疑問を呈した。

 京都大大学院教育学研究科准教授の佐藤卓己(さとう・たくみ)氏は、フランス連続テロ事件後に週刊紙シャルリエブドが掲載した風刺画を、共同通信が配信したことに対し、「知る権利」に応えると言うなら、発端となったより激しい内容の風刺画も掲載しなければ、イスラム教がファナティック(狂信的)だと逆に強調することになるとの見方を示した。

 衆院解散・総選挙報道について、神田氏は「投票率向上のための工夫が求められる」と指摘。太田氏は「選挙後も政権の取り組みを注視してほしい」と述べた。佐藤氏はアベノミクスを検証するため、富裕層の生活実態を掘り下げるべきだと問題提起した。

邦人人質と総選挙を論議  「報道と読者」委員会

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第61回会議が14日開かれ、委員3人が「邦人人質事件とフランス連続テロ」「衆院解散・総選挙」の報道をテーマに議論した。弁護士の神田安積(かんだ・あさか)氏は邦人人質事件などへの日本政府の対応に疑問を投げ掛け、京都大大学院教育学研究科准教授の佐藤卓己(さとう・たくみ)氏はフランス連続テロをめぐる風刺画配信と「知る権利」の関係を指摘。介護・暮らしジャーナリストの太田差恵子(おおた・さえこ)氏は、総選挙は通過点にすぎないとし、新たな安全保障法制に関する安倍政権の取り組みを注視する必要性を訴えた。

【テーマ1】邦人人質事件とフランス連続テロ

安倍演説検証を--神田氏  過激派呼称に疑問--太田氏 風刺画配信に懸念--佐藤氏

邦人人質事件の経過(写真は動画投稿サイト「ユーチューブ」など)

邦人人質事件の経過(写真は動画投稿サイト「ユーチューブ」など)

▽旅券返納と安全
意見を述べる神田安積委員=14日、東京・東新橋の共同通信社

 神田委員 過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件では、政府が昨年12月までに湯川遥菜(ゆかわ・はるな)さんと後藤健二(ごとう・けんじ)さんの拘束を認知していたのであれば、今年1月に同組織対策として2億ドル拠出を表明した安倍晋三首相の演説がどのような認識や経過でなされたものかもう少し明らかにしてもよかったのではないか。

 鈴木博之政治部長 人命に関わるため、厳格に事実を重視した。安倍首相の中東演説で生じるリスクについて政府内で検証したのか、どんな交渉が行われたのかが主要テーマになるだろうと取材に当たった。ある程度リスクは承知の上で演説を行っていたことなどを報じたが、十分とは思っていない。政府対応に問題がなかったかは引き続き検証しなければならない。

意見を述べる太田差恵子委員=14日、東京・東新橋の共同通信社

 太田委員 共同通信は過激派組織「イスラム国」と表記を統一しているが、なぜ、ほかの呼び名に変えないのか。旅券返納命令に関して記者の安全と取材のバランスをどのように考えているのか。朝日新聞記者がシリア入りしたことに対し一部メディアがなぜ文句を言うのか不思議に思った。

 儀間朝浩外信部長 「イスラム国」の表記については、彼らが「イスラム国」と名乗り、実際にシリアとイラクの一部を支配している状況で、その現状を正確に伝えるには「イスラム国」という表記が欠かせないと考えている。「IS」などといった英語表記の略称では、この組織の本質が伝わらない。

 紛争地取材については、記者の安全確保が第一。危険地域に近づく場合は、安全が確保されているかを現地と相談し、取材の必要性を勘案しながら判断している。

 神田委員 新潟市のフリーカメラマンの渡航禁止は、原発事故現場への取材や特定秘密に対するアクセスの問題にもつながる。「イスラム国」を取材する他国のジャーナリストが旅券を取り上げられているか、比較を報じてもよかった。

 出口修社会部長 旅券返納命令は人権問題だとの批判と、もっともなことだとする意見に分かれており、一方に偏することなく多様な見方を紹介する記事を配信した。

▽人質2人の扱い
意見を述べる佐藤卓己委員=14日、東京・東新橋の共同通信社

 佐藤委員 邦人人質事件で殺害場面の動画を学校の授業で使ったとのニュースがあった。ウェブに行けば簡単にこうした動画が見られる中、遺体は載せないという日本のジャーナリズムの原則はいつまでもあり得るのか考えさせられた。

 藤田尚人写真部長 遺体の写真について、最初から出さないというスタンスでなく、事有るごとに工夫して配信してきた。残酷な映像を見て気分が悪くなったり体調を崩したりする人もいる中、どこまで出せるかを一番に考えた。

 河原仁志編集局長 写真の取り扱いでは、最初に来るのは「伝えるべきものは何か」であり、そこに残虐性など考慮すべきものが入ってくる。逆ではない。残虐だから伝えなくていいということにはならない。

 太田委員 湯川さんと後藤さんの扱いに違いがある。なぜだろうとずっと思っていた。

 儀間外信部長 湯川さんが拘束された昨年8月には、拘束場面がネットに載った。事実そのものは記事にした。肉親や関係者らを取材して、一定の出稿をしている。今年1月20日以降は、後藤さんが拘束されたという事実が新しいニュースとなり、後藤さんに焦点を合わせることになった。

 佐藤委員 湯川さんと後藤さんの紹介の仕方も千葉市の男性と仙台市出身のフリージャーナリスト。後藤さんの職業を書くならば、湯川さんも「民間軍事会社社長」などと書くべきだったろう。

 出口社会部長 民間軍事会社を目的の一つとする商業法人の登記をしているというのが一番正確。湯川さん本人は周りに、そういうのをやりたい、現地の様子も知りたいと言っていた。「民間軍事会社経営者」と客観事実として書くには抵抗があった。

▽風刺画と知る権利
1月14日、フランス南東部ニースで週刊紙シャルリエブドを読む人(AP=共同)

1月14日、フランス南東部ニースで週刊紙シャルリエブドを読む人(AP=共同)

 佐藤委員 フランスの連続テロ事件で、共同通信は風刺画を配信し「知る権利に応える責務がある」とコメントした。配信されたのは週刊紙シャルリエブドの事件後最初の紙面に掲載された預言者ムハンマドだったが、知る権利に応えると言うなら、テロが起きる原因となった、より激しい内容の風刺画をまず掲載すべきだ。テロの原因となった風刺画を掲載しなければ、イスラム教に対し読者は穏やかな内容でもテロを起こす危険集団と考えることもあり得る。イスラム教がファナティック(狂信的)だと逆に強調する効果が表れないかと懸念する。

 河原編集局長 風刺画の配信については、誰を宛先にして、どういった中身を伝えるかを吟味した。配信した風刺画は過激な絵柄ではなかった。一番念頭にあったのは誰かを強く傷つけるものを、知る権利を振りかざして配信するわけにはいかないということ。ムハンマドを描くこと自体が不快だという声がある一方、風刺画そのものを曖昧にして語れない話でもあり、非常に苦しいバランスの中で総合的に判断した。

 稲葉智彦ニュースセンター長 新聞社でも掲載の判断は分かれた。米国のニューヨーク・タイムズは掲載をせず、ワシントン・ポストは掲載した。いろんなことを考えながらだったと思う。

邦人人質事件
 2014年8月、千葉市の湯川遥菜(ゆかわ・はるな)さんがシリア北部で拘束され、過激派組織「イスラム国」が犯行声明を出した。10月、仙台市出身のジャーナリスト後藤健二(ごとう・けんじ)さんもシリア北部に入り、連絡が途絶えた。同組織は15年1月20日、2人の殺害を予告し2億ドルの身代金を要求するビデオ声明を発表。24日に、湯川さんは殺害されたとの画像声明をインターネット上で公開し、後藤さん解放の条件としてヨルダンで収監中の死刑囚の釈放を新たに要求した。31日(日本時間2月1日)、後藤さんを殺害したとする声明を公表した。

【テーマ2】衆院解散・総選挙の報道

選挙は通過点--太田氏  富裕層の実態も--佐藤氏 活性化へ工夫を--神田氏

衆院選投開票日夜の安倍首相=2014年12月、東京・永田町の自民党本部

衆院選投開票日夜の安倍首相=2014年12月、東京・永田町の自民党本部

 太田委員 選挙というのは一つの通過点にすぎない。自衛隊の活動範囲を拡大させる安全保障法制整備の問題も含めて、これからも政権の取り組みを注視し、分かりやすく丁寧に記事化することを心掛けてほしい。私たちが考えるきっかけになると思う。

 佐藤委員 安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」の是非が争点になり、格差問題が取り上げられた。記事では最低水準の生活をしている人たちの貧困問題も扱われた。ただ、貧困は格差問題の一面でしかないのではないか。アベノミクスの恩恵を受けているとされる富裕層の人たちが、どのような生活をしているのかという実態をもっと掘り下げてもよかった。

 インターネットによる選挙運動が解禁されて初めての衆院選になった。投票率向上への効果は限定的とされているが、ネット選挙の影響については継続的に報じていってほしい。

衆院選の投票率

 神田委員 今回は政権交代を想定できない衆院選であった。投票率が戦後最低を更新したのは必然だった。自民党に大きな失政がない限り、同じような選挙が繰り返される可能性がないとは言えない。メディアは、選挙権年齢の「18歳以上」への引き下げなどを契機にして、投票率の向上や選挙活性化のために報道のあり方に工夫が求められるのではないか。

 鈴木政治部長 安倍首相の衆院解散は「大義がない」とされたが、この政権の2年間を総括できる貴重な機会になると受け止めて、争点の明確化や各党公約の点検に力を入れた。憲法改正問題も含めて、国会、有権者、読者の論議を活発化させるためにも、的確な政治報道に努めていきたい。

アベノミクス 
 デフレ脱却を目指す安倍政権の経済政策の通称で、「アベ」と「エコノミクス(経済学)」を組み合わせた造語。日銀の大規模な金融緩和、機動的な財政出動による景気てこ入れ、規制緩和を中心とする成長戦略を「三本の矢」と名付け、これらを一体的に進めて経済再生を目指している。一連の政策で企業業績の改善や株高が進んだが、野党などからは「経済格差が拡大した」との批判も出ている。

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