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第36回会議(日本経済と米金融危機、北京五輪と中国報道)

歴史的な視点で報道を  「報道と読者」委員会

 共同通信社は11日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会第36回会議を東京都港区の本社で開き、3人の委員が「日本経済と米金融危機」と「北京五輪と中国報道」をテーマに議論した。

議論する委員

「報道と読者」委員会で議論する(左から)五十嵐公利、佐和隆光、林陽子の各委員=10月11日、東京・東新橋の共同通信社

 米金融危機をめぐる一連の報道について、立命館大教授の佐和隆光氏は「1929年に始まる世界恐慌とどう違うのか、歴史的な視点が抜け落ちている」と指摘。ジャーナリストの五十嵐公利氏は「(米政府が救済合併を支援した)証券大手ベアー・スターンズと、(救済せず破たんした)証券大手リーマン・ブラザーズで、米政府の対応がなぜ違ったのか検証を」と注文を付けた。

 弁護士の林陽子氏は「米経済で起こったことが日本の雇用や社会福祉にどう影響していくのか。生活者の視点とつなぎ合わせる報道に期待したい」と述べた。

 北京五輪と中国報道をめぐり、五十嵐氏は「日本人の記者が自らの歴史を反映し中国の将来を書くという視点が感じられない」と問題提起。林氏は「中国の人権抑圧を通じて日本の社会がどうなのか、(読者に)気づかせる記事も必要だ」と語った。

 佐和氏は「(中国経済は)五輪が終わって国内投資が減少するのに加え、世界的な株安が重なっている。五輪後の世界同時不況をどう克服するか注目すべきだ」と述べ、今後の報道の課題を提起した。

歴史的視点に立つ報道を  「報道と読者」委員会

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第36回会議が11日開かれ、3人の委員が「日本経済と米金融危機」と「北京五輪と中国報道」をテーマに議論した。

 米金融危機の報道について、立命館大教授の佐和隆光氏は歴史的な視点が抜け落ちていると指摘。弁護士の林陽子氏は、生活者の視点とつなぎ合わせる報道に期待したいと述べた。

 北京五輪と中国報道をめぐり、ジャーナリストの五十嵐公利氏は、自らの歴史を反映し中国の将来を書く視点が感じられないと問題提起した。

【詳報1】日本経済と米金融危機

歴史的観点が重要―佐和氏  生活者の目で報道を―林氏  米の対応検証を―五十嵐

 ―米金融危機をめぐる一連の報道について。

 五十嵐委員 全体として難しく、本当に読者に理解できるのかという印象だ。

五十嵐公利氏

五十嵐公利氏

林陽子氏

林陽子氏

 林委員 一つ一つの記事がとても難しいと思った。しかし、連載や検証報道は初心者に分かりやすく、かなり工夫されていると感じた。

 佐和委員 米金融危機は全体としてかつて日本で起きたバブル経済の崩壊、経済の長期低迷と構造はよく似ている。1991年を頂点に地価が下落し、銀行が巨額の不良債権を抱えた。日本では土地神話だったが、米国は住宅神話だった。価格が下がることはないと確信を持ち、結果として大胆に融資したことは日米で共通している。

佐和隆光氏

佐和隆光氏

 違う点は米国の場合は金融工学を使って融資を証券化したこと。日本は銀行がリスクを抱えていたので公的資金の注入で片が付いたが、米国は世界にリスクをばらまいた。記事の中にも金融工学がけしからんという指摘はあるが、1929年のウォール街の株価暴落に始まった世界大恐慌とどう違うか歴史的な視点が抜け落ちている。

 河原仁志経済部長 歴史的な意味合いを反映させた記事を出していきたい。米金融危機の後にどういう新しい秩序形成が必要か、読者に判断材料を提供したい。

 林委員 経済は社会のさまざまな現象の一つだ。生活者の視点で世界経済が日本の雇用や社会保障とどう結び付いているのか、その関連が分かってくると読者はもっと身近に感じられる。米国や日本の金融市場で起こっていることと、生活者の視点とをつなぎ合わせる報道を期待したい。特に貧困や非正規雇用について書いてほしい。

暴落するNY株式市場

米金融危機で史上最大の下げ幅を記録したニューヨーク株式市場=9月(AP=共同)

 五十嵐委員 (米政府が救済せず破たんした)米証券大手リーマン・ブラザーズと(米政府が救済合併を支援した)証券大手ベアー・スターンズでは、なぜ米政府の対応が違ったのか。もう少し検証した方がいい。

 ―複雑な現象をどう見るかを、識者の談話という形で報道した。

 佐和委員 聞きたいことに対してほとんど答えていない談話が多い。日本のエコノミストは論理的に筋が通っているか、事実をきっちりと押さえているかというと、必ずしもそうでない人が多い。逆に経済学者は現実の経済については素人だ。的確なコメントをできる人は少ないのが現状だ。

 林委員 この危機からどう抜け出すのか、長期的な展望に立った論評が少ない。教育に投資をして質の高い労働者を育て、付加価値の高い仕事をして富を創出していくことが日本の進む道ではないのか。「原油に依存しないエネルギー」などの話ばかりではなく、金融危機を乗り越えるための選択肢をもっと広く探ってもらいたい。

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 ―歴史的な観点で報道するにはどうしたら良いのか。

 五十嵐委員 金融というのは誰のためにあるのか。社会的存在意義が問われている。

 林委員 長期的には学術研究者と連携するなどしてより充実した報道をしてもらいたい。そういう意味での調査報道を期待する。過去から何を教訓とし、世界経済の中で日本が生き残るためにはどうすればよいかを知りたい。

 ―米金融危機や日本の景気で特に期待する報道は。

 佐和委員 持っている資産の価値が下がると個人消費に影響を及ぼす。財政出動で公共事業をしても、落ち込んだ個人消費を再び活性化する効果はほとんどない。麻生内閣が補正予算で(経済対策を)大盤振る舞いしても、景気は簡単に立ち直らない。(今回の危機で)世界の経済構造も大きく変わる可能性がある。

 五十嵐委員 (三菱UFJフィナンシャル・グループなど)日本の金融機関が欧米の大再編に参入を開始したが、実力はどうなのか。企業風土が違うなどと言われている。こうしたいろいろな現象を追い掛けるのは大変だが、三井住友フィナンシャルグループがゴールドマン・サックスに出資するという報道が結果的に誤報になったこともあり、一番大切なのは記事の正確さだ。

 林委員 経済は政治のリーダーシップがあって良くも悪くもなる。米国は大統領選挙を、日本も衆院解散を控えている。政治がどう経済を好転させるか、政策があって結果が出てくる。また米国はあれだけ大きな経常赤字を抱えながら、過剰な消費をやめずイラク戦争を続けてきた。同盟国である日本の市民はどう考えるべきか。そういう視点での報道を続けてもらいたい。

米金融危機
 信用力の低い人などを対象にした米国のサブプライム住宅ローンで貸し倒れが増えたことから、ローン債権を証券化した金融商品が値崩れし、欧米の金融機関が多額の損失を抱えた。9月には米大手証券リーマン・ブラザーズが破たん、金融危機は欧州などにも波及し、世界同時株安を招いた。米国や英国、ドイツなどが危機に歯止めをかけるため大手金融機関への公的資金投入を決断。ただ信用収縮と消費の冷え込みなどで、世界経済は急速に悪化し始めている。

【詳報2】北京五輪と中国報道

多角的な分析を―五十嵐氏  今後の経済に注目―佐和氏  日本にも少数派問題―林氏

 ―北京五輪と中国報道の全般的な感想を。

 林委員 五輪を通じて世界の中の現代中国を報道しようという姿勢はよく理解できた。他方でインターネットの監視とか、(政府への)陳情者の拘束などの報道では若干物足りなさも感じた。反政府的な活動をしている人の家の前で、ボランティアの警備員が出入りを監視しているという報道で、ある記事では監視されている人の実名が出てくるが、別の記事では匿名ということがあった。

レセプションの各国首脳

北京五輪の歓迎レセプションに出席した(右から)プーチン・ロシア首相、ブッシュ米大統領、中国の胡錦濤国家主席、IOCのロゲ会長ら=8月8日、北京市内(共同)

 佐和委員 四川大地震やチベット暴動、新疆ウイグル自治区でのテロ、大気汚染などいろいろな問題を抱えていたにもかかわらず、中国は大した波乱もなくやり終えた。(共同の報道も)少なくともトータルでは評価していると読ませていただいた。

 五十嵐委員 全体として非常にバランスの取れた報道だったと思う。ポスト五輪の中国について、大型評論では「世界が共鳴し合える新たな自画像を描いてほしい」と指摘した。自由と人権という価値観を実現するということだろうが、ひと言で済まさず、もう少し多角的に敷衍(ふえん)してほしかった。

 中川潔外信部長 陳情者たちを支援している過激な弁護士や市民活動家を取材するときは相当気を付けて接触する。実名が出てくる弁護士は堂々といろいろなところで意見を発表している人だが、ほかは匿名でやらざるを得ない。ぎりぎりのところで名前を出すか出さないか判断している。

メダル獲得上位15カ国

 林委員 マイノリティー(少数派)の問題でチベットとウイグルのことが報道されたが、日本にもアイヌ民族などマイノリティーの人権問題は存在する。「中国はひどい国で先住民族を抑圧している」という視点にとどまらないで、その鏡に映るわたしたちの社会はどうなのかということを気付かせるような報道を期待したい。

 佐和委員 五輪が終わった後の投資の減少などによる景気後退に加え、世界的な株安が重なって起きている。中国がどうやってポスト五輪と世界同時不況の両方を克服していくのか注目しなければならない。

 五十嵐委員 日本が明治維新以来どういう国を目指して、それが今どういう状態にあり、そこから中国がどう見えるかという報道が欲しかった。日本人の記者が中国の将来について書いているにもかかわらず、自らの足元や歴史の見方を反映したものがほとんど感じられなかった。

 ―競技報道をどう見たか。

 林委員 柔道の谷亮子選手が3連覇は逃したが、家庭を持ちながら競技を続けてきたという報道はとても良かった。マラソンの土佐礼子選手など、家族のサポートを得ながら競技生活を続けている女性に焦点を当てた報道があったのも良かった。スポーツの世界におけるジェンダーの問題を今後さらに掘り下げてほしい。

 五十嵐委員 マイナーな競技で、話題にならないところにもドラマがあると信じている。できるだけ幅広く目を向けていただきたい。

 佐和委員 日本がかつて得意としていたお家芸のような競技で、韓国や中国、場合によっては北朝鮮にメダルを取られている。日本は少子化現象で、今後は五輪のたびにメダルの数を減らしていくのではないか。

 小沢剛運動部長 マイナーな競技にも記者を配置した結果、話題になっていなかったカヌー・スラローム女子で大学生が4位になった活躍を取材し、解説や図解を出稿できた。日本の金メダルは前回のアテネでも取った選手がほとんどで、世代交代が進んでいない点は今後も書いていきたい。

事例報告

匿名報道で報告

   

 共同通信は第36回会議で、8月8日に配信した「中国産を地元産と偽装」の記事を掲載した加盟社が、匿名報道が原因でクレームを受けた事例について報告した。

 記事は、兵庫県の養蜂業者が中国産はちみつを地元産と表示していたとの県の発表を受けて匿名で出稿。無関係の業者から「お宅のことかと電話が来て困っている」と、新聞社に抗議があった。

 この場合は実名報道が原則だが、問題の業者は屋号がなく、記者は個人名に「養蜂業者」との肩書呼称を付けるのも不自然と判断して匿名で処理した。共同が回収状況の続報に「〇〇養蜂業者」と実名を盛り込むことで決着した。

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