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第35回会議(秋葉原の無差別殺傷事件と後期高齢者医療制度)

派遣の実態、詳しく伝えて    「報道と読者」委員会 

  共同通信社は26日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第35回会議を東京都港区の本社で開き、3人の委員が「秋葉原の無差別殺傷事件」と「後期高齢者医療制度」をテーマに議論した。

議論する委員

「報道と読者」委員会で議論する(左奥から)五十嵐公利、佐和隆光、林陽子の各委員=7月26日、東京・東新橋の共同通信社

 無差別殺傷事件の容疑者が派遣社員だったことに、弁護士の林陽子氏は「99・9%が本人の責任だったとしても、社会が負うべき責任はある。そういう原因をなくすことで社会の進歩がある」と指摘。派遣労働者の実態について今後も詳しく報道するよう求めた。

 立命館大教授の佐和隆光氏は「容疑者は数多くいる派遣社員の一人だ」と述べ、非正規雇用が事件の背景にあるとの見方に慎重な姿勢を示した。

 ジャーナリストの五十嵐公利氏は、事件当初の情報が少ない段階で識者コメントを報道することを疑問視し「情報が集まるまで控えた方が良いのでは」と問題提起した。

 後期高齢者医療制度について、五十嵐氏は今年4月の新制度導入の前に「おかしいのではないかという記事がなぜ出てこなかったのか」と話し、検証を求めた。

 医療の財源問題に関し、林氏は「避けて通れない。(共同の報道に)物足りなさを感じた」と述べ、佐和氏は日本の国内総生産(GDP)に対する医療費が占める割合の低さや医師数の少なさを挙げ「医療制度そのもののゆがみとして考える必要がある」と指摘した。

事件の原因分析は慎重に  「報道と読者」委員会 

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第35回会議が7月26日開かれ、3人の委員が秋葉原の無差別殺傷事件と後期高齢者医療制度に関する報道の在り方をテーマに議論した。

 秋葉原の無差別殺傷事件について、弁護士の林陽子氏は派遣労働の実態の掘り下げを求めた。立命館大教授の佐和隆光氏は原因を派遣労働と断定することに疑問を呈した。

 後期高齢者医療制度に関しては、ジャーナリストの五十嵐公利氏が新制度導入前の報道の検証が必要だと訴えた。

【詳報1】秋葉原の無差別殺傷事件

分析・検証が必要―林氏  識者依存再考を―五十嵐氏  原因は複合的―佐和氏

 

 ―秋葉原の無差別殺傷事件の報道について。

林陽子氏

林陽子氏

 林委員 当事者が発信している携帯サイトの内容が詳しく出たので、その情報量があればあるだけ、分析、検証がもっと必要だったのではないか。容疑者はこういう人物だということは分かるが、それをどう受け止めるか、もう少し踏み込みがほしかった。

 救命医療、救急援助の在り方に非常に関心を持った。救急車が来るまでにどのくらい時間がかかったのか、あまり書いていない。自動体外式除細動器(AED)がもっとあれば助かったということで募金運動をしたという記事もあるが、AEDがあるとどういう症状の人がどれだけ助かったのかよく分からない。

五十嵐公利氏

五十嵐公利氏

 五十嵐委員 「識者依存症」なのでは。識者は事件があったその日に話をするが、ほとんどデータがない。ものすごく限定された情報の中で気の利いたコメントをするのは無理。情報が集まるまでやめたほうがいい。

 容疑者によるサイトの書き込みで、犯人像や心象風景が非常に早い段階から出てきたという、非常に特異な事件だった。こういう特異な事件に対応するような取材の在り方、報道の在り方をもう少し考えた方が良いのではないか。

佐和隆光氏

佐和隆光氏

 佐和委員 非正規社員はこの数年、増え続けていることは事実だが、そのうちの一人がたまたまこういうことを起こしたからと言って、日本型雇用慣行が変質したせいだと言い切るのは解せない。

 容疑者の書き込みに「負け組は生まれながらにして負け組なのか」という言葉がある。自由で競争的な社会の前提条件として機会平等を達成することが必要なのだが、彼の意識に従えば、この国は機会不平等の国だとのメッセージが発せられている。

現場付近を調べる捜査員

無差別殺傷事件が起きた現場付近を調べる捜査員=6月8日、東京・秋葉原

 小中学校は優秀で青森県内の進学校に進むが、成績が下がり短大に進学して中退する。今度は勉強ができる弟の方がかわいがられるようになった、と言われている。だからといって、事件の背景を「受験制度のせいだ」と(短絡的に)言うこともできない。何か特定の社会的な要因で説明しようとするのは非常に危険であり、無理がある。

 宮城孝治社会部長 書き込みは2月ごろまでさかのぼった。強いインパクトを持っていて、どこか取材が書き込みに引きずられていくところがあった。つづられたことが事件の真相なのかどうか、長期的にフォローしていきたい。彼の労働現場のありようや生活実態について取材を重ねたい。

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 ―容疑者について事件直後に3回続きの連載を出稿し、1カ月後に識者7人に聞くインタビュー企画を出した。

 五十嵐委員 派遣の実態に関する記事は、取り上げることで事件とどう関係するのか見えてくるところがあるという意味で、あった方がいいのでは。2月ごろからのサイトを見ていると、それなりに人間くさい人間だったという感想を持つが、犯罪心理学などの専門家が見てどう思うか。情報が少ない時点でコメントを求めることには無理があるが(事件から一定期間経過した後は)専門家の見方を読者として知りたいのではないか。

 佐和委員 派遣労働者が皆こういう可能性を持っているかというと、そうは考えられない。本人にしか分からない事情が山のようにあり、原因はもっと複合的ではないか。日本も終身雇用や年功序列賃金の維持し難い社会へと向かいつつあり、そうした中で不安を感じず自立して生きられる社会をつくっていくにはどうすればいいのかを考える必要がある。

 林委員 彼の労働実態がどういうものだったかという続報を期待する。事件が起こったとき、派遣社員だったから不安定なんだというステレオタイプのものの見方で分析して納得するのは避けないといけないが、他方で犯罪は99・9%が本人の責任だったとしても、社会が負うべき責任はある。そういったものを皆で考え、原因をなくしていくことによって社会の進歩はある。そういう材料を提供できるのはマスメディアしかない。

 こういう大きな社会不安をもたらすような事件があった後、権力側が市民に権利の自由を制限したり、いろいろな立法を新しく作ってくることがある。サイトの監視やナイフの規制、死刑の執行などがその例だろう。メディアはそれに対する警戒の目を持ってほしい。

秋葉原の無差別殺傷事件
 6月8日午後零時半ごろ、東京・秋葉原の歩行者天国に派遣社員加藤智大(かとう・ともひろ)容疑者(25)がトラックで突入。通行人らをはね、ナイフで次々と襲い、7人が死亡、10人が重軽傷を負った。殺人未遂の現行犯で逮捕された加藤容疑者は事件直前、携帯電話サイトの掲示板に犯行を予告。派遣先の静岡県の自動車部品工場でトラブルがあったことも明かしていた。東京地検は7月7日、精神鑑定のため東京地裁に鑑定留置を請求、地裁は3カ月間の留置を認めた。

【詳報2】後期高齢者医療制度

設計時から疑問―五十嵐氏  医療自体にゆがみ―佐和氏  物足りぬ財源報道―林氏

 

 ―後期高齢者医療制度について意見を。

 林委員 2年前から制度が始まると分かりながら、当事者の自治体の準備ができておらず、保険料の徴収ミスなどが続いた。日本人の労働力の質が低下している象徴ではないか。

 五十嵐委員 これまで国は医療の抜本改革を唱えても、当面の手当てで済ませてきた。制度設計より、いかに医療費を減らすかに重点を置いた結果が、今回の混乱につながったのではないか。

 佐和委員 社会全体でリスクを共同管理しようとするポジティブ福祉の観点からすると、病気になるリスクが高い75歳以上に保険料を高く払えというのは、どう考えてもおかしい。財源についても、本来の筋である消費税率を上げて対応するのではなく道路特定財源を使えとする意見がある。自動車取得税・重量税、ガソリン税を払う人がなぜ後期高齢者の医療費を負担しなければいけないのか。受益者負担の原則にもとる暴論だ。

あいさつする福田首相

後期高齢者医療制度運用見直しについての政府与党協議会であいさつする福田首相(中央)=6月12日、首相官邸

 ―共同通信の報道について感想を。

 林委員 医療や保険の問題は財源論議を避けて通れないが、報道には少し物足りなさを感じた。日本の国内総生産(GDP)に占める医療費の比率は、先進国の中でも決して高くないと言われている。ならば一体どこにお金をかけているのか。日本の財政システムの中で何が一番の欠陥なのか、初心者に分かりやすい報道があればよかった。

 佐和委員 一言で言うと、望ましい制度の在り方について議論が欠けている。

 五十嵐委員 2年前の医療制度改革関連法の成立時、論説記事で後期高齢者制度について発想は悪くないと評価していた。当時は国会で与党が3分の2を占め、関係団体も同意し、マスコミも特に問題視しなかった。だが今になり問題化したように、この制度は設計の時点から疑問符が付くものだったのではないか。やはりおかしいのではないかという記事が当時、なぜ一つも出てこなかったのか。

 中川克史社会保障室長 この議論が出た当時は、若年層の保険料負担に歯止めをかけるという問題意識があり、年金給付の面でも高齢者の方が恵まれているという意見が多かった。法が成立してから、制度の仕組みを理解してもらう心構えで取り組んできたが、大混乱が起きると予想するまでには至らなかった気がする。

75歳以上の高齢者医療費負担

 ―今後の報道にどんな視点を求めるか。

 佐和委員 日本のGDPに対する医療費が占める割合は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも非常に低く、医師数も加盟国の中で最低レベルだ。政府は医師数が増え過ぎるからと抑制し、最近になって、また増やすと方針転換した。今回の混乱を、単に医療保険の問題にとどまらず、わが国の医療そのもののゆがみを正すきっかけにしてほしい。

 五十嵐委員 国が制度設計を変更する際に示す試算は、推定値がどんどん変わっていると思う。それをマスコミが検証できず、国が望む方向に議論を誘導してしまう側面がだいぶある。社会保障全体の制度設計を議論する時、国がデータを出していろんな選択肢を示しても、マスコミは本当に信頼できるデータなのか検証する責任がある。

 林委員 今回の問題の背後には、高齢者の貧困がある。保険料が天引きされる人の年金額を見ると、年額で18万円以上。月1万5000円の年金にどのような意味があるのか。特に平均寿命は女性の方が長いが、女性は賃金面の格差もあり働いていても年金がとても少ない。このような問題に焦点を当ててほしい。

 中川社会保障室長 財源問題の議論は、今後積極的に取り組まなければならない。幅広く有識者や学者らの意見を紹介し、社会保障と財源のあるべき姿に踏み込むことが今後の課題だ。

後期高齢者医療制度の混乱
 4月からの制度開始に当たり、保険証が届かなかったり、保険料の過大徴収や誤徴収などのトラブルが各地で起きた。また厚生労働省の従来の説明に反して所得の低い層でも保険料の負担増となるケースが明らかになるなど、高齢者を中心に国民の不信を招いた。見直しを迫られた政府は、保険料の負担軽減や天引きに代わる口座振替での納付も一定の条件で容認。医師らが終末期の治療方針を患者や家族と相談して文書にまとめると受け取れる診療報酬も凍結した。

事例報告

記事の訂正1件を報告

 

 共同通信社は第35回会議で、6月29日に配信した「あすから住民税の還付申告」の記事とグラフに誤りがあり、翌日「おわびと訂正」を出し、グラフを取り消した事例について報告した。

 この記事は、国から地方への税源移譲に伴う暫定措置として、7月1日から住民税還付の申告を受け付けるとの内容。総務省の資料は年収400万円の「夫婦」をモデルケースとしていたが、「夫婦と子ども2人」と記述した。掲載した新聞の読者から指摘があり、誤りと判明。課税最低限の金額も違っていた。記者が取材の際に夫婦と子ども2人のケースについて説明を受け、モデルケースと取り違えたのが原因。

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