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第25回会議(自衛隊のイラク撤収、日銀総裁の村上ファンド投資問題)

空自の活動、徹底取材を 切り込み甘い総裁投資問題

 共同通信社は二十九日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第二十五回会議を東京・東新橋の本社で開き、三人の委員が「自衛隊のイラク撤収」と「日銀総裁の村上ファンド投資問題」をテーマに議論した。

 自衛隊撤収問題では、弁護士の梓澤和幸氏が「陸上自衛隊撤収の裏で航空自衛隊の活動は拡大している。空自が何をやっているか、国民が知るべき真実を徹底取材してほしい」と指摘。同志社大教授の浜矩子氏も「人が死ななかったで終わらせず、政府の取材規制などにももっと怒りを持つべきだ」と述べ、自衛隊派遣の本質や意味を検証する必要を訴えた。

 前広島市長の平岡敬氏は、大手メディアがイラクへの記者派遣に慎重な点に関し「記者の生命などの問題もあるが、通信社はあらゆる現場に行くべきだ」と指摘、現地取材の重要性を強調した。

 福井俊彦日銀総裁の村上ファンド投資問題では各委員が総裁の姿勢を厳しく批判。浜氏は「共同の報道はそれなりに問題点を指摘しているが、どこか鈍い。こういうことを許すと経済、金融はどうなるのか、といった本質にもっと切り込んでほしい」と話した。

 梓澤氏は「やっかみ的批判でなく、総裁の行為がなぜ許し難いのか、問題点を摘出する技術が求められる」と述べ、日銀の役割や責任を読者に分かりやすく解説するよう求めた。平岡氏は「小泉純一郎首相はなぜ総裁の続投を容認したのか」と指摘、政権の思惑や背景も伝えるべきだとした。

【詳報1】 現地取材の重要性を指摘  総裁投資、問題点摘出を

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第二十五回会議が七月二十九日開かれ、三人の委員が「陸上自衛隊イラク撤収」と「日銀総裁の村上ファンド投資問題」をテーマに議論した。

 イラク撤収をめぐっては前広島市長の平岡敬氏が、記者のイラク入りにメディアが慎重だった点に言及し「安全の問題はあるが、通信社はあらゆる現場に行くべきだ」と現地取材の重要性を強調。同志社大教授の浜矩子氏は「政府の取材規制にもっと怒りを持つべきだ」と指摘した。

 日銀総裁の投資問題では、弁護士の梓澤和幸氏が「問題点を摘出する技術が求められる」と総裁の責任を分かりやすく解説するよう求めた。

現場へ行くべきだ―平岡氏 まやかし見抜け―浜氏 記者は思考訓練を―梓澤氏

 ―全体的な感想を。

クウェート到着の撤収部隊

7月17日、クウェートのアリ・アルサレム空軍基地に到着した陸自イラク派遣部隊の最終撤収部隊の隊員(共同)

 平岡委員 一人の死者も出さずに撤収でき、よかったでは済まない問題だ。まずこの機会に派兵の原点に返って、政治の責任をただすべきではないか。航空自衛隊は残って、C130輸送機がバグダッドに兵員輸送するが、これは戦闘行為で、もっと重要視した報道が必要。共同通信の最近の特集記事にイラクの陸上自衛隊報道を検証した「『戦地』報道―メディアとイラク」があるが、これはよかった。気になったのは取材陣がイラクから引き揚げたこと。危険だから強制はできないが、現場に行くことが通信社の使命と考える。希望する記者は必ずいる。みんなで悩み、議論を深めるべきだ。それと陸自撤収の際、報道が規制された。防衛庁と押し問答したと思うが、既成事実化しないようにがんばってほしい。

 浜委員 背筋が寒くなる恐ろしい展開が許されてしまったと思う。恐ろしさを打ち消すキーワードは「人道支援」「非戦闘地域」。この二つがまやかしとして使われた。共同通信の現地報道でも「人道支援とはこういうものではない」と指摘している。平岡さんが言われたように「戦地」報道の記事はよかったと思うが、一連の状況が終わってこういう指摘が出ることにもどかしさがある。とりわけこの問題については、実際に物事が展開しているときに発信してほしかったと強く思う。

 梓澤委員 私たちも鈍感になっているが、そのもとにメディアの鈍感さがある。イラク特措法の本質は多国籍軍支援。陸自の撤収報道も、よく読むと航空自衛隊の任務拡大だ。でも第一印象は「陸自撤収」で、空自がバグダッドに乗り入れすることなど忘れられている。危険をも覚悟してイラクに行きたい記者を行かせないのはおかしい。現地にいなければ分からないことを伝えたいという志があるなら、それを生かすべきだ。

 ―現地取材については。

 後藤謙次編集局長 現場をどう取材するかは一番重い課題だ。当初は陸自、英軍の協力による現地取材を検討したが、首相官邸の消極的対応や、日本政府の要請が英国側に伝わってだめになった。最後に残された独自取材をどうするか検討した。仮に人を出して町を歩けるかどうか、否定的なリポートが届いた。二週間にわたり議論して見送った。

 浜委員 現地取材をするかしないかは、なお追求されるべきテーマであることに間違いない。それはそれとして、現地に行けなくても見たことがないことについて、おかしいと見抜けるマスコミの力量が問われる。見てないから書けないなら本当のメディアではない。うさんくさいものをかぎわけるのがメディアの底力。そうした力を持ってもらいたい。

 ―今回は安全確保を理由に政府から厳しい取材規制があったが。

 平岡委員 報道規制というのは、発表しか書かないということ。発表を疑う力を養わないといけない。人命尊重と言われると弱い。「そうだ控えようか」という気持ちになるが、慣れてしまうのが怖い。それが当たり前になり、軍隊を危機に陥れるのはいかんというふうになると大本営発表しか書けなくなる。国民全体の安否にかかわることなんだという意識を持たないと、状況に負ける。

 梓澤委員 米軍の安全がかかっているので情報が出せないという記事があった。おかしい。空自のC130輸送機は武装した米軍兵士を運んでいる。憲法九条違反のこの事実を伝えることは、米軍の安全よりはるかに重要。メディアへの規制が市民にいかなる害悪をもたらすのか、それをかみ砕いて伝える工夫が必要だ。また、会見で額賀福志郎防衛庁長官は記者との合意事項について「申し訳ないが今日初めて内容を聞いた」と言った。あり得ないことだと思うし、現場で激しくやりあうべきだ。

 梅野修政治部長 現場ではやっている。記者団は激しく詰め寄ったはずだ。

 平岡委員 戦前から(自主規制の体質が)続いているのでは。これ以上書くとまずい、と自分から引いてはいけない。

 梓澤委員 記者は批判と情報取りの両方をやらないといけない。難問にあたったときは、主権者たる市民の知る権利のために、記者という職業がある、という原則に返って闘うべきだ。そういう思考の訓練で鍛えられていく。若い記者は自分を鍛えてほしい。

自衛隊のイラク派遣
 2003年に成立したイラク復興支援特別措置法に基づき、04年1月から派遣。陸上自衛隊の派遣要員は約2年半で計約5500人。南部サマワを中心に給水、医療指導、道路修復などの支援活動を実施した。7月17日に撤収が完了したが、派遣期間中に宿営地を狙ったとみられる砲撃は13回に上った。一方、クウェートを拠点とする航空自衛隊はC130輸送機によるイラク国内の空輸活動を続け、同月31日にはバグダッドに初めて乗り入れ、多国籍軍兵士を輸送した。

【詳報2】 背景に切り込んで―浜氏  大きな構図解説を―梓澤氏 政治の思惑伝えよ―平岡氏

 ―福井俊彦日銀総裁の村上ファンド投資問題をどうみるか。

 浜委員 とんでもないことをしでかした。問題発覚後、すぐに辞任すべきだったし、ゼロ金利解除後も辞める気配がないのはあきれる。中央銀行総裁は民主主義の最後のとりでだ。(ドイツの)ワイマール共和国の例を出すまでもなく、通貨価値が崩れると平和が奪われることにつながる。経済を甘く見ると本当に怖い。総裁は「世間を騒がせて申し訳ない」と言ったが、自分のしたことの意味が分かっていない。共同の報道はそれなりにポイントを指摘してはいるが、何か鈍感さを感じる。総裁がやったこと、中央銀行の独立性を傷つけたことがどういうことなのか、その恐ろしさを注意喚起するメッセージが伝わってこない。この問題とゼロ金利解除とは無縁ではない。そのあたりの経緯や背景にももっと切り込んでほしい。

 ―記事が市民のやりきれぬ思いに応えているか。

 梓澤委員 あり得ないことだが、最高裁長官が大手法律事務所と月一回夕食を共にすれば「問題だ」と受け取られる。日銀の独立性への疑念を感じさせる事件だ。そのことが分かりやすく読者のもとに届いているか、それがメディアの腕の見せどころだろう。「地位を利用してもうけたのでは」という単なるやっかみ的批判ではなく、金融のシステムを説明して、日銀総裁の行為がいかに許し難いことか、しっかり問題点を摘出することが重要だ。その点ではまだ読者に届いていない。

 平岡委員 金融、経済の高度の情報が得られる人がやった個人投資だから、これはインサイダー取引だ。そこをもっと言うべきだろう。大衆の嫉妬(しっと)感情からくる魔女狩りではない、違う次元の話ということを読者にきちんと示すべきだ。

 浜委員 総裁がなぜ高潔でなければならないか、ここをきちんと書いてあればやっかみ論は封じられる。一方で、こういう問題があると、日銀の独立性を見直そうという話が起きるがこれは危険だ。政府の言いなりになって中央銀行が金利を決めるようなことになれば、痛めつけられるのは庶民だ。

 平岡委員 小泉純一郎(こいずみ・じゅんいちろう)首相はなぜ総裁の続投を容認したのか。小泉改革のマイナス部分がクローズアップされては困るとか、政界への打撃を避けるためなど、その辺の報道が少ないように思う。

 梓澤委員 この十年ほどの金融政策は、不良債権を整理して銀行を助け、大企業中心に経済を復興させ、その陰で中小企業と庶民が犠牲にされてきた。それを主導したのが日銀だとすると、苦しみに呻吟(しんぎん)してきた庶民の憤りの中で、甘い汁を吸っていた一群の一人が福井総裁だった。そういう大きな構図を描いて矢を向ける評論があってもいい。メディアの立場でやりにくければ外部の評論家に書いてもらう努力も必要だ。

 岩永陽一経済部長 連日この問題を報じたワイドショーを見ていると、ほとんどがやっかみに近い論調だった。私たちは、これでは本質が見えないと思い、中央銀行総裁の資質とは何か、という点にこだわって取材してきた。ただ、資質論も一度二度書くともう書いたという意識が出てくる。もう少し、識者談話やサイドなど、いろんな切り口で記事を出すことを考えていかなければならない。

 浜委員 なぜこういう人が日銀総裁になったのか。村上ファンドのようなところとも話ができる人を、二十一世紀の日銀が求めたのかもしれない。日銀や政府内で何があったのか。そのあたりを粘り強く追及してほしい。

 平岡委員 もし総裁が職務を続ければ、今後、節目の金融政策ごとに何をやってもずっと(政府へ配慮したなどと)言われ続ける。これは日本の中央銀行として対外的にもマイナスだ。

 浜委員 小泉首相にかばわれた時点で「もう資格がありません」と辞任しておくべきだった。ゼロ金利政策自体も、長く続ける間に国債相場を支えるための政策に変わってきた面が多分にある。

福井総裁の投資問題
 日銀の福井俊彦総裁は6月13日の参院財政金融委員会で、村上ファンドに1000万円の資金を投資していたと明らかにした。投資を始めたのは民間の富士通総研に転出していた1999年。旧通産省を飛び出して企業改革に情熱を燃やしていた同ファンドの村上世彰前代表を激励する趣旨だったという。その後2003年3月に総裁に就任した。総裁は「利殖」の意識はなかったとしているが、05年末の利益総額は1473万円に上った。解約の申し出が量的緩和解除直前の今年2月だったことなども問題視されている。
ゼロ金利政策
 金融機関同士が資金を融通し合う短期金融市場で、日銀が、代表的な短期金利の無担保コール翌日物金利を「おおむね0%」に誘導する政策。企業の借り入れや住宅ローンの金利を低く抑える効果などで、量的緩和解除後も景気刺激を続ける狙いがある。日銀は速水優前総裁の下で1999年2月、ゼロ金利政策に移行。2000年8月にいったん解除したが、経済が再び悪化し、01年3月にゼロ金利に逆戻りした。今年3月、日銀は量的緩和策を解除、7月にはゼロ金利政策を解除し、約6年ぶりの利上げに踏み切った。

【詳報3】 過熱取材が規制招く  悪循環断ち切れと委員

 共同通信社は第二十五回会議で、秋田の連続児童殺人事件で後に逮捕された女性の実家周辺に、事件直後から報道陣が押しかけた事例など三件を報告した。

  秋田の事件では、集団的過熱取材(メディアスクラム)状態が起き、女性から取材自粛の申し入れが報道各社にあった。県内の報道各社の責任者が協議して取材方法について自主規制を申し合わせた。梓澤委員は「メディアスクラムが肥大化すると、メディア規制がかかってくる。メディアがこの悪循環をどこかで断ち切らないといけない」と指摘した。

 広島の小一女児殺害事件の判決公判を前に、被害者の父親が犯罪の抑止のために娘の実名と性犯罪の実態を報道してほしいと要請した問題では、節目では実名報道し、具体的な犯行態様は控えるという基本原則に従ったことを報告し、委員からは対応を支持する意見が寄せられた。

 小泉純一郎首相が一日二回行ってきた「ぶら下がり」と呼ばれる立ったままの取材が、七月になって首相側の通告で一回に減らされたことも報告した。

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