1. トップ
  2. 「報道と読者」委員会
  3. 2006年開催分
  4. 第23回会議(ライブドア事件、耐震強度偽装問題)

第23回会議(ライブドア事件、耐震強度偽装問題)

規制緩和、重なる背景  ライブドアと耐震偽装

 共同通信社は十八日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第二十三回会議を東京・東新橋の本社で開き、三人の委員が「ライブドア事件」と「耐震強度偽装問題」をテーマに議論した。

 同志社大教授の浜矩子氏は「二つの問題は、規制緩和、小さな政府の流れの中で相前後して出てきた。重なる部分がある」と共通性を指摘。「二つのサイトマップを重ね合わせたらどんな姿になるのか。そんな形で全ぼうをとらえてほしい」と注文を付け、「背景に何があるのかが大きなポイントだ」と語った。

 ライブドア事件について弁護士の梓澤和幸氏は「ホリエモン(堀江貴文前社長)が誰にどのような害悪をもたらしているのかが分かりにくい」と述べ、商法改正の流れにも触れ「記者は専門性を身につけ、相当突っ込んだ取材をしてほしい」と要望。

 前広島市長の平岡敬氏は「ホリエモンは閉塞(へいそく)社会を打ち破ったように見えただけ。彼を持ち上げ、日本経団連に引き入れた財界、衆院選に立候補させた政界の罪も重い」とした。

 耐震偽装では梓澤氏が「被害をもっと紹介することで犯罪行為のひどさが分かるのではないか」と提案。

 平岡氏は「背景には金銭至上主義がある。もう一つは官から民への動き。民とは企業であり、当然利潤を追求する。個人のモラルを立て直していくしかない」と述べた。

【詳報1】 小泉政治に大きな問い掛け  新資本主義の行方、考察を

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第二十三回会議が十八日開かれ、三人の委員が「ライブドア事件」と「耐震強度偽装問題」をテーマに議論した。前広島市長の平岡敬氏はライブドア事件について「市場原理主義が生んだ新資本主義がどこに行くかの考察が必要」と指摘。耐震強度偽装問題で弁護士の梓澤和幸氏は「公共分野の民間移行を美とする小泉政治への大きな問い掛けだ」と分析し、同志社大教授の浜矩子氏は「公の役割は厳然としてある。ごちゃまぜにする風潮はおかしい」と述べた。

変革者ではない―平岡氏  「閉塞感」が支持―浜氏 次の世代に影響も―梓澤氏

 ―ライブドア事件の感想は。

ライブドアの家宅捜索

ライブドアの家宅捜索に向かい、報道陣に囲まれる東京地検の係官=1月16日、東京都港区

 平岡委員 根底に市場原理主義から生まれた競争社会がもたらす心の荒廃がある。止めどないグローバリズムの中で新しい資本主義の時代に入った。むき出しの競争原理によって経済格差が広がり、資本主義に代わるべき経済システムがなければ不満がたまり、爆発する。ライブドア問題を考えるときに、この市場原理主義が生み出した新資本主義が、これからどこへ行くのかという考察が必要だ。そうでなければ金融、証券市場の話ばかりになり「億万長者を目指した若者のスキャンダル」で終わってしまう。

 浜委員 ホリエモン(堀江貴文前社長)自体、そんなに面白い人でも創造性にあふれた事業を展開しているわけでもない。「彼は『若者のヒーロー』のように言われているけど、本当の若者は彼を突き放してみている」という記事が非常に面白かった。私もそう思う。彼をもてはやしたのは閉塞(へいそく)感の表れであり、それを通り越した絶望感だろう。既存の枠組みに入っていなかった人たちの「希望」が集まったのではないか。逆に言えば、そこまで人々が追いやられる状況が出てきている。それが今の格差や「下流」といわれることの始まりだったという気がする。今の政策は格差の是認であり、放置。本来は格差社会になっていけば行くほど行政の出番が多くなり、落ちこぼれたところに着目すべきだと思うが、今の日本は逆の方向に行っているのが気掛かり。

 梓澤委員 強者をもてはやし、格差を是認する風潮が小泉政治の特徴だ。それが選挙時のホリエモンの持ち上げ方だった。「勝ち組」「負け組」の言葉もはやったが、新聞は「六本木ヒルズ族」と「格差でどん底に落ちた人たち」の生態を、事実として描き、論じていない。記者は努力をして、(学校に通わず仕事もしていない)ニートと呼ばれる若者の中に入らなければ、今の社会の実態が見えない。もう一つの問題は、商法や証券取引法の記事は法律の専門家である自分が読んでも良く分からないということ。「ホリエモンのせいで誰がどのように困ったか」「どのような害悪を受けたのか」が語られていない。記者の専門性が要求される。規制緩和で商法が大きく改正され、今年は会社法が施行される。資本主義の仕組みが「新資本主義」と言われるほどに変わった。規制緩和だから必然的に「ホリエモン」なのか、それとも規制緩和の結果の乱用なのか、相当突っ込んだ取材をしてほしい。

 ―なぜ若者を中心にこんなに支持を得たのか。時代に風穴をあけそうな印象もあった。

 平岡委員 日本の企業文化は不透明で排他的と言われる。プロ野球もフジテレビも、古い企業文化を体現していた。ホリエモンは実は打ち破っていないのだが、これを打ち破ったように見えて、支持が集まった。「若者が挑戦するのはいいこと」と評価する見方には、「挑戦の仕方が間違っていた」と言わなければならない。彼は権力に擦り寄ろうとしたのであって、変革者でも何でもない。売名や金もうけのための手段でしかなかった。昨年の衆院選で広島六区に立候補したとき、彼が言ったのは金もうけの話か自民党で改革をやっていくみたいな話ばかり。歴史や文化、国民の生活に全く関心がない。そういう弱者に目配りできない人間がマスメディアの経営者や政治家になるのは、私は反対だとずっと言ってきた。小泉純一郎首相に「メディアが時代の寵児(ちょうじ)みたいに取り上げたのはどうなのか」と言われ、メディア側は腰が引けている。メディアの商業主義も悪いが、日本経団連に入れた財界や衆院選に立候補させた政治家の方がよっぽど罪深い。それを言わないと、けんか両成敗でうやむやになる。

 ―今後の問題は。

 梓澤委員 もともと日本人は「額に汗して働いて、貯蓄して」という社会でやってきた。それが、貯蓄を株式市場に放出させるようになった。デイトレーダーがいて、主婦の投資ブームもというように世の中が激しい勢いで変化してきて、それが教育現場にも浸透してきた。「株を買う勉強をしましょう」と小学生、中学生が社会科の時間でやっているらしい。ポルノやパチンコ、カラオケは小さいときから触れさせるものじゃないというのに、株の勉強はいいのか、非常に危機感を持つ。ホリエモンのような人が出てきて、今の子どものかなりの部分に影を落としたんじゃないか。そこを頑張って是正しないと、次の世代の国や社会をつくっていくときに大きな影響が出てくる。

 平岡委員 経済は優勝劣敗の世界。必ず敗者が生まれるから、そういう人たちに温かいまなざしを注ぐのが政治家の仕事であり、メディアの仕事だと思う。もう一つ、情報技術(IT)ビジネスはこれからも時代の中心になるだろう。報道の役割として、本当に望ましいITビジネスの姿を取材し、提示してほしい。

 浜委員 「今度の事件で『そんなことは知っていた』という思いをしている記者は少なくないのでは」という記事があった。記者の「ん?これって変じゃない」というところから大きなものが発見されてくるということを見て、読者はメディアに感嘆し、敬意を表するのだが、そういうところが死んでいくのは、本当に大きな危機だ。

【詳報2】 モラル荒廃が原因―平岡氏  本当の悪者どこに―浜氏 被害報道をもっと―梓澤氏

 ―耐震強度偽装問題について現状報告を。

 水谷亨社会部長 マンションやホテルなどの構造計算書が偽造されていた。姉歯秀次元一級建築士による物件が全国に二百件余りあり、九十七件で偽装が判明、四件は調査中だ。「非姉歯」物件でも三件で偽装が見つかった。この問題には二つの側面がある。一つは医療や食に続く住まいの安全の崩壊。もう一つは建築確認制度が機能しなかった点。非常に広がりが大きく、各部と連携し多角的な取材を進めている。

 ―問題をどうみるか。

 浜委員 規制緩和、小さな政府の新しい流れに乗って出てきた点などで、ホリエモン問題と重なる部分がある。なぜ今の時期に、共通点がありそうな問題が相前後して出てきたのか。二つのサイトマップを対比、あるいは合体したときにどんな姿になるのか。そんな形で全ぼうをとらえたい。背景に何があるのかが総論的なポイントだ。

 平岡委員 金銭至上主義の風潮にのみ込まれたのだろう。この風潮は人々の価値基準や行動基準を変えてしまう恐ろしさがある。もう一点は官から民への動き。民とは民衆ではなく企業。当然利潤を追求する。モラルが荒廃した社会では歯止めがなくなる。法律を厳しくしても、必ず抜け穴を探す人間が出てくる。個人のモラルをもう一度立て直すしかない。政界につながっていく予兆もある。マスコミとしてどう切り込んでいくかが問われる。

 梓澤委員 建築確認は自治体の仕事だったが、改正建築基準法で民間検査制度が導入された。驚くべきことに、刑務所、拘置所の民営化構想も出ている。自治体では公民館や図書館などの民間委託が検討されている。この問題は、「公共分野を民間に移していくのが美」と語る小泉首相の政治哲学に対する非常に大きな問い掛けだ。

 ―官と民の役割分担をどう切り分けるか。

 浜委員 公か民かを考えればいい。公の役割は明確。弱者救済だ。市場原理で片付けられない部分が公であり、その核の部分が弱者救済になる。公の役割は厳然としてあるが、それをごちゃ混ぜにする風潮はおかしい。

 平岡委員 公を担うのは地域。ところが大都会では特にそうだが、共同体が壊れ、一人一人がばらばらになっている。地域の共同体と行政が一緒にやっていく部分もあり、公的分野を誰が担うのかは悩ましい問題だ。もう一度、新しい共同体をつくることができるかどうかにかかっている。

 ―この問題には「ものづくり」の弱体化という面もあるように思う。

 平岡委員 「額に汗して」ということがなくなり、紙切れ一枚でもうかる時代。こつこつ働くのはばかだという若者もいる。日本の危機だ。

 浜委員 専門性にこだわりとプライドを持っていたはずの日本人がこんな状況に追いやられた仕組みは何か。きちんとした悪者捜しが必要。個別問題ではなく、全体を貫いている本当の悪者はどこにいるのかという姿勢で考えないと。人の心の荒廃はあると思うが、何もないところから荒廃するわけではない。

 ― 一連の報道で感じることは。

 梓澤委員 被害者の実態があまり出ていないのではないか。購入の際にどのようにマンションを見て、どんな選択をし、今どのように苦しんでいるかという報道がもっとあっていい。被害をもっと紹介することで犯罪行為のひどさが分かるのではないか。

 浜委員 「マンション購入は自己責任」という感覚を意外に多くの人が持っているようだ。それで被害者が表に出てこなくなるのは、本来なら対立しない市民同士の衝突であり残念だ。メディアは、自然災害とも違う側面があることを社会に問い掛けていくべきだ。

 ―国の責任をどう考えるか。

 平岡委員 行政もかかわった人災であり、国が早くから自らの責任に言及した点は評価したいが、法的根拠を整理すべきだ。

 梓澤委員 国家賠償責任は厳しく問われて当然だと思うが、報道でもあまり出てきていないように思う。先行した公的な補償で被害者は沈黙させられているのだろうか。

 豊田宰内政部長 国交省が発表する新しいニュースに引きずられ、国の責任については記事の分量がやや少なかったかもしれない。いったん整理してまとめたい。

【詳報3】 「間違ったと書くべきだ」  記事トラブルで委員

 共同通信社は二十三回会議で、一月十四日に配信した関西電力美浜原発蒸気噴出事故の補償問題の記事をめぐるトラブル対応について報告した。

 記事では、事故の死傷者のうち一部負傷者とまだ補償交渉中なのに、全遺族・負傷者と示談が成立したと間違って報じた。負傷者の一人から抗議を受け、折衝の結果、続報による訂正で合意。一部負傷者と関電の間ではまだ交渉が継続しているとの続報を配信した。

 浜委員は「続報では、前の記事が間違っていたとすぱっと書くべきだ」と指摘。梓澤委員は「間違ったことのおわびと訂正記事にプラスして続報が名誉回復としては理想的だ」と述べた。

ページ先頭へ戻る