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第20回会議(尼崎JR脱線事故、日中関係)

現場の力劣化の原因描け  問われる歴史認識

 共同通信社は二十五日、外部識者による第三者機関「報道と読者」委員会の第二十回会議を東京・東新橋の本社で開き、「尼崎JR脱線事故」と「日中関係」の一連の報道について議論した。

 JR事故について財団法人日本総合研究所理事長の寺島実郎委員は「安全を支える現場の力が衰えている」とし「なぜ現場力が劣化しているのか、遠景を描き出す方向にかじを切らなければならない」と提言した。

 前広島市長の平岡敬委員は「過密ダイヤを求めるわれわれの社会の在り方を考える記事がほしかった」と指摘した。

 犠牲者の横顔を伝える記事について、明治学院大法科大学院教授の渡辺咲子委員が「普通の人たちがいきなり日常を断ち切られた。それを伝えるために必要だった」と評価した。

 日中関係報道では、平岡委員が「反日デモの背景にある日本への不信感に言及した記事が足りない」と指摘。「ナショナリズムをあおるような報道はしないでほしい」と要望した。

 寺島委員は「(日中関係悪化が)国際社会にどう映っているか伝える必要がある」とし「欧州のクールな目線を報道するなど、多角的な関係の中で日中関係をあぶり出すことが大事だ」と注文をつけた。

 渡辺委員は「日中関係を考える上で、靖国にこだわりたい。参拝の是非に問題を矮小(わいしょう)化してはならない。戦争をどうとらえるか、基本的な認識が問われている」と述べた。

【詳報1】 効率優先の社会を論じよ 参拝是非への矮小化避けて

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第二十回会議が六月二十五日開かれ、三人の委員が尼崎JR脱線事故と日中関係の報道を論議した。平岡敬前広島市長はJR事故で「効率、利益優先となり、過密ダイヤを求めてきた日本社会の在り方を考える記事が欲しかった」と指摘。日中関係報道で寺島実郎財団法人日本総合研究所理事長は「小泉純一郎首相や中国の本音にどれだけ踏み込めるかが大事だ」と述べ、渡辺咲子明治学院大法科大学院教授は「靖国問題は戦争の決算をしていないことの象徴。参拝の是非だけに矮小(わいしょう)化してはならない」と語った。三氏による第二期委員会はこの日で任期を終えた。

21世紀の資本主義の議論を    「会社の在り方」検証必要

福知山線の脱線事故現場

兵庫県尼崎市のJR福知山線の快速電車脱線事故現場=4月25日

―JR事故とその報道について感想を。

 平岡敬委員 日本社会が効率優先、利益優先主義になり、組織が有機的結合を失い、心理的にも一体感を失いつつあると感じる。マニュアル通りに自分の仕事だけやればいいという雰囲気もある。JR西日本だけの話ではない。われわれ自身が忙しすぎるのではないか。過密ダイヤを求めてきた社会の在り方を考える記事が欲しかった。

 寺島実郎委員 JR西に限らず、安全にかかわる「今まででは考えられない」とコメントされる事故が起きている。企業で安全を支える現場の力が急速に劣化しているからだ。JR西は株主重視の資本主義の先頭を走ってきた。企業の付加価値は、顧客や従業員、地域社会などにもバランスよく配分する必要がある。事故の遠景を描き出す方向に報道もかじを切らなければならない。

 渡辺咲子委員 原因が分かっていないのに、会社の営利姿勢や社員管理が原因のような決め付けの報道がされていないか。読者が報道によって「会社が悪い」などと判断してしまうことになり「危ういな」という印象を持っている。大きな事故では「それ見たことか」という報道が多い。今回も「JR西なら当然」と話す人がいるが、これまで何も言わなかったわれわれはどんな責任を負うのか。事故の直接の原因や遠因について、冷静、公平に見る必要がある。

 ―個人情報保護法が全面施行されてから初の大型事故で、犠牲者の氏名や顔写真をめぐる課題も表に出てきた。

 水野清孝大阪社会部長 犠牲者の横顔を伝える報道が必要と思い、多い時はペンだけで現場に三十人以上の記者を展開した。取材では節度を保ち、顔写真の掲載は必ず遺族の了解を取るよう指示した。兵庫県警や病院は、保護法をかなり意識していた。県警の発表は結局、犠牲者のうち四人が匿名のままだった。

 渡辺委員 法に対する過剰な反応を官側が利用し、情報統制につながるのが怖い。悪用されるのは心配だ。一日中病院を回り尽くしたが見つからず、最後に遺体の安置所に行ったという人が、たくさんいた。情報化社会の中で、これでは原始時代と変わらない。あまりにも哀れだ。どうしたらいいのか、メディアは問い掛けてほしい。

 寺島委員 大丈夫だろうかと心配する人が問い合わせもできない状況は、かえって社会的混乱を招くのではないか。

 ―犠牲者の横顔を伝える記事をどう思ったか。

 寺島委員 亡くなった人がどんなものを背負っていたのか考えさせられる。プライバシーもあり軽々には言えないが、しっかり掘り下げた何人かの事例は知りたいと思う。とんでもない事故だったことを確認する上では、必要なのではないか。

 平岡委員 ただかわいそうね、というだけの記事は読みたくない。誰もが悲劇の当事者になる可能性を持っているという視点から書いてほしい。

 渡辺委員 通勤、通学の電車に乗っていたごく普通の人たちがいきなり日常を断ち切られた。それを伝えるために、この事故では必要だ。

 ―写真掲載はどうか。

 寺島委員 報道には人間性がないと駄目。興味本位ではなく、写真があれば想像力が違う。自分たちが生きている時代を確認する上で意味がある。

 平岡委員 写真は文章に勝る。顔写真を見ていると、いろいろ考えさせられる。

 ―今回は事故を検証する報道が目立つ。

 寺島委員 専門的、技術的な知識に基づいた記事を提供すべきだ。事故の原因につながった要素がいくつかあるが、きちっと立体的に深めた報道を継続してほしい。

 水野部長 三カ月、半年、一年と、特集などで検証を続けていく。

【詳報2】 首相の認識が不明―平岡氏  欧州の目線も必要―寺島氏 非常に危険な流れ―渡辺氏

 ―反日デモから靖国参拝問題まで、日中関係の報道をどう見るか。

 平岡委員 根底にはアジアにおける日中の主導権争いがあるが、中国での反日デモの背景にある日本への不信感に言及した記事が足りない。第二次世界大戦について、政治家は心の中で反省しておらず、その象徴的な行動として靖国参拝がある。侵略戦争としてA級戦犯が裁かれ、それをわれわれは受け入れて国際社会に復帰し、今日がある。小泉首相も「村山談話」を引っ張り出すだけで、あの戦争をどう認識しているか、彼自身の言葉が出てこない。報道において、分析や突っ込みが足りないのではないか。

 寺島委員 日中の力学が、国際社会にどう映っているか伝える必要がある。中国が反日デモに急ブレーキを掛けた大きな要素の一つは欧州だ。欧州のメディアが中国にクールなメッセージを出したが、中国は「欧州から見た中国」をとても気にして、かじを切った。多角的な関係の中で日中関係はどうあるべきか、欧州の目線を報道することで、日中関係がどう映っているのかをあぶり出すことが大事だ。

 渡辺委員 「反日デモは中国政府が後ろにいるらしい」「反日教育が行われている」などと報道され、その分析は正しいのだろうが、行き着く先は非常に危険だ。報道がこれだけを取り上げれば、世論は当然「売られたけんかは買う」「日本もナショナリズムで頑張ろう」という偏狭な愛国心にしか向かわない。靖国神社の資料館「遊就館」で流しているビデオは完全な大東亜戦争賛美の内容だ。小泉首相の参拝は、単なる戦没者追悼ではなく、大東亜戦争のすべてを肯定し賛美する靖国への参拝であるととらえざるを得ない。

 ―歴史認識問題についての見解は。

 平岡委員 結局、六十年間自立した歴史観も政治理念も確立してこなかった、米国について行けば良かったことのつけが回ってきている。中国、韓国は、たとえ気に入らないことがあっても、隣人としてどうしても付き合っていかなくてはならない存在だ。

 寺島委員 例えば常任理事国問題には背後にアジアにおけるリーダーシップの問題があり、そこに靖国問題が絡んでいる。中国の本音に(報道が)どれだけ深く踏み込んでいくかが大事だ。

 渡辺委員 メディアも、あの戦争の評価がないままだ。そこまで踏み込みたくないのかと、勘ぐりたくもなる。靖国問題が、戦争の決算をしていないことの象徴であることは間違いない。わたしたちの基本的な戦争認識が問われている。参拝の是非に矮小(わいしょう)化してはならない。

 ―報道に当たって不可欠な視点や注文は。

 寺島委員 小泉首相の意図、思考回路、歴史認識に踏み込んでいってほしい。「他国からとやかく言われたくない」ということをかたくなに守り通している信念の人という認識でとらえていたら大間違いで、バイオリズムのように(態度は)変容している。「なぜ靖国に行くのか」「『二度と戦争を起こさないためだ』ということだけなら、なぜそれが靖国なのか」と問い詰めていくべきだ。検証記事をどんどん出していく必要がある。

 平岡委員 (首相は)戦後処理は済んでいないという自覚がない。あの戦争をどう呼んでいるか、それで歴史認識が分かる。「先の大戦」としか言えないだろうが、追及してほしい。日中間の摩擦をどう解消するか、歴史問題をどう決着できるかを探る記事が欲しい。

 渡辺委員 中国と対等に付き合うにはどうしたらいいかを(国民が)共有する報道が大事ではないか。

【詳報3】 委員3氏の提言

 委員三氏は任期を終えるに当たり、今後の報道や委員会の在り方について提言を述べた。

 平岡敬氏 委員会で出た意見が報道、記事に反映されることを期待したい。記者活動への注文になるが、何を目指して仕事をしているのか、もう一度胸に刻んでほしい。豊かで、公正で、誰もが安心して暮らせる社会をつくる。その実現を阻む病気や貧困、差別、暴力、環境問題などと闘い、つぶしていく。核問題もその一つだ。権力と対峙(たいじ)するのは、自分たちが目標とする社会をつくるためだ。それがジャーナリストの使命だと思う。

 寺島実郎氏 日常的に情報が乱れ飛んでいる中、目の前を通過していく情報の裏側を瞬間的に見抜くには、情報を位置付ける座標軸を日ごろからどうつくっておくかが、極めて重要だ。若い記者に時代認識を深めさせる仕組みが必要ではないだろうか。専門的な技術情報を含め、しっかりした歴史観や現実認識が身に付いていないと、掌握できる時代ではない。それをどう構築していくのか、総合的な設計図が求められている。

 渡辺咲子氏 わたしたちの提案がどのような形で生かされたのか、フィードバックされる仕組みがあればいい。(提案を踏まえて)第三者を含めたプロジェクトのようなものがどんどん立ち上がっていけば(委員会は)より実質的になっていくと思う。また公式の会議では言いにくい話もあり、非公式な話し合いの場もあっていいのではないか。小規模な話し合いを少しずつやっていくのも、今後の委員会の在り方の一つだろう。

【詳報4】 トラブル、誤報など3件  言い分報道し名誉回復

 共同通信社は二十回会議で、配信記事をめぐるトラブルなど三件への対応を報告した。

 一件は国際テロ組織アルカイダと関係がないのに、関連があるよう報道され、信用を失ったとしてバングラデシュ人の会社社長から謝罪と損害賠償を求められた事例。本人にインタビューし、警察当局の見方を伝えた報道で生活や会社に深刻な影響を被った社長の言い分を客観的に報道し、名誉回復を図った。

 別人と取り違え、書類送検されたと誤報した男性の件では、記事を掲載した新聞社に訂正記事を載せてもらい、男性に面会して誤報を伝え、謝罪した。

 もう一件は、経済記事の内容について読者の問い合わせだった。

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