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第13回会議(自衛隊のイラク派遣と憲法問題)

多様な選択肢の提示必要  既成事実追認せず検証を

 共同通信社は七日午後、外部識者でつくる第三者機関「報道と読者」委員会の第十三回会議を東京・東新橋の本社で開き、三人の委員が「自衛隊のイラク派遣と憲法問題」をテーマに論議した。

 平岡敬前広島市長は、自衛隊派遣に至るまでの報道について「メディアは既成事実の追認になっている」と指摘。「戦前の状況に似ているのではないか」と懸念を示した。

 渡辺咲子明治学院大教授は「派遣の良い悪いは議論するが、前提となる派遣の必要性についての検証がない」とし、派遣の判断の根拠に立ち返る重要性を強調した。

 寺島実郎日本総合研究所理事長は「政府の政策決定の背景にもっと踏み込めないか」と提起。「時代の空気にどう立ち向かうか工夫の余地がある」と多様な選択肢を国民に提示するよう求めた。

 憲法問題について平岡氏は「改憲論議に入る前に、憲法の空洞化の検証は欠かせない」と指摘。平和主義の大切さを主張し、過去の戦争に対する歴史的な総括が必要と提言した。

 寺島氏は「憲法問題は、国家ビジョンの再構築の作業。改憲論や護憲論を区分けすることが大事」とし「選択肢がないままの論議では行き着く先は見えてくる。幅を広げる報道をしないといけない」と注文を付けた。

 渡辺氏は「テロとは何か。戦争とは何か。正確性を欠いたまま憲法が議論されるのは危険。言葉を正確にし、議論を整理することがメディアの役割」と述べた。

【詳報1】 既成事実追認せず検証を 政策決定の背景に踏み込め

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第十三回会議が七日開かれ、平岡敬・前広島市長、寺島実郎・日本総合研究所理事長、渡辺咲子・明治学院大教授の三委員が「自衛隊のイラク派遣と憲法問題」をテーマに論議した。

 自衛隊派遣に至る報道について平岡氏は「重要な問題の議論がないまま、既成事実が追認されてきた」と指摘、歴史に学ぶ重要性を述べた。

 寺島氏は「政策決定の背景に踏み込めないか」と求め、幅広い考え方の選択肢提示を提言。渡辺氏は「派遣の『なぜ』を誰も説明していない」とし、判断根拠の検証が必要と強調した。

 憲法問題で平岡氏は「先の戦争の総括をしておかないと改憲論議の意味がない」と主張。寺島氏、渡辺氏からは、若い人の意識を掘り起こすことが大切との意見が出された。

 読者対応事例として、昨年十二月の前回会議以降の配信記事への意見など四件を報告した。

多様な選択肢の提示必要 重要な「なぜ」の報道

イラク入りする陸自の車列

クウェート国境を越え、イラク入りする陸上自衛隊本隊第1陣の車列=8日、イラク南部のサフワン(共同)

 ―自衛隊イラク派遣の報道について。

 平岡委員 周辺事態法以来、次から次へと大事な問題が起き、十分に議論されないまま関心が移った。ずるずる来ちゃったという感じだ。報道は昔から全部既成事実の追認だ。戦前「まだいいだろう、まだいいだろう」と言ううちに戦争が始まった歴史がある。どこかで立ち返って検証しないといけない。

 渡辺委員 イラク派遣の「なぜ」の検証がない。「そもそも」がなくなっている。大量破壊兵器でもサマワの治安でも、小泉首相の切り返しは論理じゃない。判断が間違っていたのかどうかに議論が戻らない。自衛隊が行く必要性の説明を誰がしてくれたのか。その点を考えなくてはいけない。

 寺島委員 こういう時代の空気のつくられ方に対し本質に迫る報道としては、政府の政策決定の背景へ踏み込むことだ。小泉首相に「憲法前文」の引用を入れ知恵したのは誰か。復興支援の優先順位を誰が政府内で決めるのか、国民としてきちんと知るべきだ。それと多様な選択肢の提示だ。政府が出してくるシナリオに賛成か反対か、○か×かと札を出させるような記事でなく、国民の視野を広げる企画を知恵を出し合って始めるべきだ。

 後藤謙次共同通信社政治部長 新しい選挙制度で国会議員の質が劣化し、省庁再編で首相官邸機能が強まったため政党が衰退、その両方が相まって国会の崩壊という状況がある。政策決定過程が一層見えにくくなっている。

 寺島委員 カナダ、メキシコなどがどうして米国に距離をとっているのか的確な報道があっていい。現実の政策の選択肢だけでなく、オプションとして、自衛隊が出ずに憲法理念にも合致する方法はないか。選択肢の多様性を諸外国と対比しながら提示する、プラットホームを提供することができないかと思う。

 渡辺委員 何回も議論を往復し、意見をやりとりをして深めていくことができるような素材提示の仕方はないのか。そうでないと、反対意見が報道されても「ああこういう風に反対してるの、そうなの」と流されて終わりという気がする。

 平岡委員 政治の世界で決定されていることを自分の問題としてリアリティーを持てない人が増えてきた。歴史をきちんと学び、その上に立って未来を構想するということができてない。自衛隊をどうみるかでも、護憲だけ、九条を守れと言っているだけでは、今の現実に勝てない。結局自分に返ってくる、一番被害を受けるのはわれわれ民衆だ、と分からせる報道ができないものか。

 寺島委員 イラク戦争に賛成とか支持とかいう立場で発言していた人たちがどう変わったのか、その逆はどうか、しつこく追うことが大事だ。結局最後は二十一世紀の日本という国を国際社会の中でどういう国にするかという視点から意見が分かれる。自分の論点はどこに位置付けられるのか、それぞれの読者が選び、考えやすくなるような紙面を作っていくことが大事だ。

 ―報道規制が問題となっている。

 古賀泰司社会部長 防衛庁側はメディア側の申し入れを受け取材対応の検討を重ねていたが、一月八日に一切白紙にしたいと言ってきた。翌日には防衛庁長官が報道各社に対して報道自粛を要請。その直後には各幕僚長の定例記者会見の廃止を申し入れた。現実には幕僚長会見はその後も行われている。直近の動きとして陸上自衛隊本隊サマワ入りの暫定記者証の交付問題があった。順守事項などに問題があったが、あくまでも暫定的な措置として受け入れた。取材ルールの話し合いが進んでいる。

 ―外国ではどうか。

 吉田成之外信部副部長 米国については、イラク戦争後、基本的に取材規制はない。他の諸国でも動きはない。

 平岡委員 防衛庁は自らに不利なことは言わない。それをほじくるのがジャーナリズムだ。規制とのせめぎ合いをどれだけジャーナリズム全体としてバックアップできるかだ。

 寺島委員 前線では安全対策のためとして規制が入るのはなんとなく見える。むしろ東京サイドで大本営的なものになっていかないように頑張る必要がある。政府や防衛庁に対する国民の疑問に答えていくテーマ設定を間違ってはいけない。

 国分俊英編集局長 新聞協会も防衛庁と協議しましょうという段階にきている。交渉し同意した結果については国民、読者にきちっと明示する。

【詳報2】 憲法論は国家ビジョン構築 戦争総括し平和主義堅持を

 ―憲法改正問題をメディアはどう報道すべきか。

 寺島委員 改憲は国家ビジョンの再構築、再検証の作業だ。実際にどこを軸にしてどう議論するのか、ほとんど見えていない。改憲の考え方でのビジョンの違い、絶対改正しないという立場、その辺りをきちっと区分けしてみせることがメディアとして大事だ。

 渡辺委員 言葉の意味がだんだん不正確になってきた。テロとは何なのか、戦争とは何なのか。正確性を欠いたままでは危険だ。理解できるよう言葉をきちんとするのがメディアの責任だ。

 平岡委員 改憲論議に入る前に、現行憲法の解釈による空洞化をめぐる検証が欠かせない。今の憲法の平和主義は絶対に動かしてはならない。問題は平和主義を守りながら、国際社会での存在をどのようにして確かなものにしていくかという方法論だ。ただ、現実的には、海外派兵は絶対にしないという歯止めをかけたうえで、自衛隊の存在を認知せざるを得ないだろう。その場合、先の戦争の総括をやっておかないと改憲論議の意味がない。社会全体が大政翼賛のような雰囲気に包まれないようにするのもジャーナリズムの役目だ。

 寺島委員 憲法論の前提として、この国の戦後の鬱屈(うっくつ)したナショナリズムの行き場をどうするのかということが重要だ。戦後外交の基軸だった米国との関係の再設計をきちんと位置付けないと憲法論は成立しない。冷戦後の世界システムにどう対応していくのかの議論がなく米国との関係だけにしがみついてきているから、選択肢がないまま改憲論が出てくる。議論の幅を広げ視界を広げていく報道をしないとまずい。

 ―世論調査では80%以上が改憲を容認している。

 平岡委員 憲法と、やっていることとの間に大きな矛盾があるからだ。総選挙ですべての政策が信任されたとして、政府がやりたい放題している現状を見るとき、非常に重要な政策については国民の意思を問うという制度も必要ではないか。

 寺島委員 この国の政策論を掲げるリーダーの見識がないと国民の選択肢にさえならない。若い人と議論していると「ふるさとは地球村」みたいなきれいごとのメッセージに自己満足して納得してしまう感覚がある。ふるさとを地球村にするための政策論がついてこない。一方、憲法を大事にしようという人たちの言葉の薄っぺらさもある。「二度と過ちは繰り返しませんから」は誰が過ちを犯したのか。原爆を造った人の責任、投下した人の責任、そこまで至らせた日本側の責任を問い掛ける議論をしている人はいない。

 渡辺委員 薄っぺらな保守主義が今の学生に行き渡っている。一九四七年にアルバート・アインシュタインが、国連総会が進化すれば世界政府になるだろう、国連を強化してがんばれと言った。それに対し学生からは「冷戦構造が崩壊した今はアメリカが事実上の世界政府だから、これでいいのだ」という非常に雑ぱくな議論が多数出てくる。アメリカの世界政府の一員なんだから私たちが協力するのも当たり前、と何の異論もない。「でもね」というのが一つもなくハッピーだ。それを掘り起こさないと。価値観の多様化というのは全然うそで、プチ価値観みたいなもの。大きな枠組みは統一されていて、小さな自由。そういう風潮にがくぜんとすることがある。

 寺島委員 二十一世紀前半五十年の世界史のゲームをどう考えるか、間違えるととんでもないことになる。徹底的に勉強しないといけない。

 国分編集局長 憲法問題もイラク戦争の位置付けも評価が分かれる。多角的な面からニュース、論点を集め、読者に提供するのがわれわれの仕事だろう。これから起きることを読者が真剣に考えることができるような材料を提供するつもりだ。

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