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第9回会議(小泉純一郎政権の構造改革をめぐる報道)

小泉構造改革は失策  問われるジャーナリズム

 共同通信社は十五日、外部識者三人による第三者機関「報道と読者」委員会の第九回会議を東京・虎ノ門の本社で開き、小泉純一郎政権の構造改革をめぐる報道などについて議論した。

 二年近く経過した小泉政権の評価について、元最高検検事の土本武司氏は「発足当時は新鮮だったが、デフレ対策も構造改革も目に見える成果がない。痛みだけひしひしと実感するが、それを忍べば近い将来幸せになるという見通しが立たない。経済政策は失策と言うほかない」と指摘した。

 評論家の内橋克人氏は「今、問われているのはジャーナリズム。もともとできないことをできると言ってきたのが小泉改革で、本格的な検証の時期だ。国債発行三十兆円枠などの公約違反の結果責任を厳しく問うべきだ」と主張した。

 学習院大教授の紙谷雅子氏は「構造改革で規制を少なくすることは強者の論理を是認することになるが、いまも人々はその選択がいいと思っているのかを知りたい」と述べた。

 また土本氏は、経済問題が自殺や犯罪の増加に結び付いているとし「治安はかつてない深刻な事態だ」と注意喚起した。

 年金問題では紙谷氏が「世代間で所得を移転する現行制度では微調整しかできないが、若い人が積み立て方式に移行すべきだというなら、そうした提案があってもいいのではないか」と発言。

 企業のリストラなどで昨年の完全失業率が過去最悪となったことについて、内橋氏は「失業を誘発しないと成り立たない経済に変わってきた」と警告した。

【詳報1】 問われるメディアの先見性 失政の結果責任追及を

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第九回会議が二月十五日開かれ、評論家の内橋克人氏、元最高検検事の土本武司氏、学習院大教授の紙谷雅子氏の外部識者三人が、小泉純一郎政権の構造改革をめぐる報道などについて議論した。

 委員は「構造改革は掛け声ばかりで目に見える成果が上がらず失政だ」と指摘。「問われているのはジャーナリズムで、小泉首相の結果責任を厳しく追及すべきだ」と、メディアの先見性と検証能力の強化を求めた。年金や治安問題、労組の変質などについても議論が及んだ。

構造改革の虚構を暴け  深刻な失業、治安

 ―二○○一年十二月の第三回「報道と読者」委員会は「小泉改革と国民の痛み」がテーマだった。あれから一年余りたったが、株価や失業率などには改善の兆しがない。あらためて、小泉構造改革について議論をお願いしたい。

小泉首相あいさつ

構造改革特区推進本部の会合であいさつする小泉首相=1月21日午前、首相官邸

見えない成果

 土本武司委員 小泉首相は「自民党をぶっつぶしてもやり遂げる」と宣言し、派閥政治、利権政治が常態の中で清新さを感じさせた。多少の痛みに耐えてもリーダーシップに期待しようと思った。

 だが、結局はかけ声だけ勇ましくて実行が伴っていない。総論だけで各論がない。デフレ対策や構造改革など、いずれも目に見える成果は上がっていない。国民は痛みだけはひしひしと感じているが、耐え忍べば近い将来、幸せがある、という見通しがない。二年近くたってこういう状況では経済政策については失政と言うしかない。長年培われた政治体制は一人の総理の理念だけでは直らないと痛感した。

 その間にあって、共同の連載記事はこうした実態を浮き彫りにし、読み応えのあるものだった。

 紙谷雅子委員 政治家、官邸が主導することで、何かが変わるのでは、という期待が非常に大きかったが、結局、何も手が付いていない。官僚の抵抗が大きかった、というのが通常の分析だが、日本の政治家が政策立案する仕組みが脆弱(ぜいじゃく)だという問題もあるのではないか。

 また、戦争があるかもしれない、戦争がどんな影響を家庭や生活に及ぼすのか、先が見えない不安も、大きな影響を与えていると思う。

 内橋克人委員 問われているのは、小泉構造改革だけでなくジャーナリズムだ。改革が進まないという見方もあるが、もともとできないことをできると言っただけ。そこをきちんとフォローせず、あたかも万能の政権が誕生したようにはやしてきた。改革の先に光があるごとく言ってきたマスコミの責任はどうなるのか。国債発行三十兆円枠にしても、もともと不可能と「中期財政試算」などが明言してきたものだ。それをわたしならできる、といって総裁になり、結局、その重要な公約を果たせなかった。政治家の「結果責任」とは何か。ジャーナリズムは厳しく問うべきだ。

公約違反

 土本委員 小泉首相が、靖国参拝問題などで「この程度の約束を守れなくてもたいしたことじゃない」と言った。思わず口走ったということで、マスコミも寛大な姿勢をとった。しかし一国の総理が明確に公約したのに、守れなくても大したことじゃないでは、ほかの約束についても守らないということになってしまう。やはり、厳しく姿勢を問いただすべきだ。

 後藤謙次政治部長 小泉内閣は、エンジンと生活感がない内閣だと思ってきた。世論という風がやむと推進力がない。なぜもっているのか。共同の世論調査でも「ほかに適当な人がいないから」だ。適当な人が出てくれば流れは大きく変わるのではないか。

 内橋委員 これまで政治家をきちんと育ててこなかった日本人全体の責任だ。同時に、ジャーナリズムが政府の言うことをうのみにする体質が問題だ。自由に使える個人金融資産が本当に千四百兆円もあるのか。銀行に不良債権があるから資金が回らないのか、高齢者世帯は裕福なのか、いずれも実態と懸け離れた神話の独り歩きだ。政府が日常的に使っている虚構の数字を暴くことが大事なのに、日本の経済ジャーナリズムはその辺の検証が非常に甘い。独自の検証機関をつくったらどうか。

レトリック

 ―小泉内閣の支持率は50%を切るところまで落ち込んだが、歴代の内閣から比べるとまだ高率ともいえる。

 内橋委員 国民はまだレトリックに気付いていない。構造改革と景気は、はっきり言って何の関係もない。改革という言葉で国民がイメージするものと、本当に小泉政権がやろうとしている改革は中身が違う。小泉構造改革の本意は、マネー資本主義にどう追随するかだ。このままでは、アルゼンチンなどが陥ったような経済危機になりますよという警鐘をきちんと伝えてほしい。ジャーナリズム自身の先見性、検証能力が問われている。

 紙谷委員 構造改革は、いわば市場やお金が人をほんろうすることを是認する、強者の論理の採択だと思う。今も人々はそれでいいと思っているのか、それを知りたい。また、地方分権で財政はどうなるのか。特定の地方の財政事情が悪くなったとき、これまでなら国が何らかの施策を行うことが期待できたが、これからはどうなるのか、大変気になる。

 伊藤修一経済部長 めまぐるしい日々の記事を書くだけでなく、一歩止まってこの先を展望する必要がある。もう少し、大所高所から記事を出せないか、生活者の視点で記事を書けないかを共通課題にしている。

 内橋委員 小泉構造改革は既に破たんしている。それで出てきたのがインフレターゲット論だ。だが、日銀は既に信認が低下しかねないところまで資金を供給している。それでもデフレから脱却できないのに、これ以上何をやれというのか。次の夢を与えて当面を取り繕うとしているが、インフレターゲット論が幻想であることをきちんと突かなければならない。

自己否定の労組

 ―昨年の完全失業率は戦後最悪で、雇用問題が社会不安を引き起こしている。春闘では実質賃下げも出ているが。

 土本委員 共同の記事の冒頭に「あなたは必要ない人だから辞めた方がいい」という言葉が出てきた。言ったのは会社の幹部かと思ったら、労働組合幹部だというから驚いた。小泉改革の痛みを救済するのが組合のはずだが、会社と一緒になってリストラをやるなら存在価値がない。自分を否定するような組合の体質変化を記事にしてほしい。

 自殺は未遂者を入れると三十万人といわれ、その原因は経済問題が圧倒的に多い。このことは治安状態との関係でも考えなくてはいけない。貧乏と病気と犯罪は正比例するといわれる。日本は八年前まで世界で最も治安が保たれた国だったが、その後、犯罪の発生数は記録を更新し続け、検挙率も下がり続けている。治安はかつてない深刻な事態で、大きな問題だ。

 紙谷委員 これまでは雇用されることに価値が認められてきた。就職を決めることが目的化し、就職できなければパニックに結び付いた。雇用だけでない生活の選択肢があることをメッセージとして伝えられないか。

ワイルド資本主義

 内橋委員 わたしは高度失業化社会、失業者五百万人時代が近いと言ってきた。失業を解消するのではなく、失業を誘発しないとなりたたない日本経済へと変わってきた。大失業を前提にしないと賃下げはできない。ベースアップのみならず定昇圧縮ということが起こり、各地でサービス残業が頻発している。自分がリストラの対象とならないよう、身を粉にして働くので、組合運動もできない。これでいいのか、全体的な総括をする必要がある。

 会社に雇われない働き方の検証も大事だ。電話一本できょうは倉庫、あすはレストランの皿洗いと、日替わりメニューで働き方が変わるオン・コール・ワーカー。さらには短期で、独立事業者のように雇われるコンチンジェント・ワーカーなど、「働かせ方の自由化」が極度に進んでいる。若者は、実際に必要な技術とか、社会で生きていく力を蓄積することができない。一九九○年代に入ってから全く違う経済が始まった。現実はマイルドな資本主義からワイルドな資本主義に変わったということだ。

 ―年金、医療問題については。

 紙谷委員 年金は、世代間所得移転的な制度ができているので微調整しかできないが、それでいいのかどうか。ポータブルな、自分の年金積み立てなら払うという人が多いなら、そのメリット、デメリットをきちんと議論したうえで、移行すべきだという提言があってもいいのではないか。

 医療費の計算は年金以上に根拠が不明りょうだ。医師や看護師は、医療過誤で訴えられるのを恐れ、過剰治療をしているのではないか。何が適切なのか、基準があいまいになっている。医療は供給からではなく、需要から必要性を判断することが質の向上をもたらすのではないか。

【詳報2】 女性の年齢表記で論議  意見、苦情など5件

 共同通信社は「報道と読者」委員会第九回会議で、昨年十一月の第八回会議以降に読者から寄せられた記事・写真への意見、苦情など五件を報告した。

 識者二人による対論企画のインタビューの記事で女性識者の生年を略歴に表記せず、男性の識者のみ表記したことについて、読者から「男女共同参画社会であり女性も表記すべきだ」と指摘があり、「女性も表記するのが原則だが、今回は本人から要望があったため」と回答した。

 土本武司委員は「一人だけの表記は不自然。一人の生年を表記しないのであれば、双方とも出さない方がいい」とした。

 これに関連し、紙谷雅子委員は「社会面の記事は年齢を表記するが、重要なのか」と質問。共同は「顔写真がない場合を含め、年齢は(出来事や当事者の発言などの)背景を知る要素で読者もそれを読み取っている」と説明した。

 横綱貴乃花関の引退報道の際、女優宮沢りえさんとの婚約会見の写真を夕刊用に配信したケースでは「写真は必要だったのか」との疑問が寄せられた。

 共同は「社会現象となった若貴ブームの一面を示すものとして配信した。しかし、結婚した景子さんとの写真も同時に配信すべきで、バランスを欠いた」とし、翌日朝刊用に景子さんとの写真を配信した経緯を報告した。

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