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第10回会議(イラク戦争と報道の在り方)

米国の狙い的確に把握を 多面的な戦争報道必要

 共同通信社は十七日、外部識者三人による第三者機関「報道と読者」委員会の第十回会議を東京・虎ノ門の本社で開き、イラク戦争と報道の在り方などについて議論した。

 米英軍の猛攻でフセイン政権が崩壊したイラク戦争について、評論家の内橋克人氏は「米国の狙いは、グローバル化の流れの中で中東全体を市場化することだ。日本のマスコミは的確な認識ができておらず、イラク攻撃の根底の意味を把握できていないのではないか」と指摘。「米国での報道は米側に有利な内容が大半。米国以外の国との間に生まれた情報や認識の格差は大きく、国際世論が分裂している。これからの大きな(報道の)テーマだ」と述べた。

 元最高検検事の土本武司氏は「米国は目的として掲げた大量破壊兵器を発見できずにいる。イラクに民主主義を植え付けるというのも内政干渉。国際社会は正義なき平和に移りつつある」と米国の姿勢を批判。戦争報道は「単純ではなくなり、多方面からの取材が求められる」と強調した。

 共同通信をはじめ記者約七百人が参加した米軍への従軍報道について、学習院大学教授の紙谷雅子氏は「どちらの側から戦争を見るのかが重要。さまざまな制約の中で取材している事実をもっと記事で強調しても良かった」と提言。「多面的な情報が提供されない限り、この戦争の狙いがあぶり出せなくなる」と指摘した。

 また内橋氏は「戦争に動員された米兵たちの多くは米国内で(社会的に)弱い立場の人々。彼らの国内での地位についての報道も欲しい」と述べた。

【詳報1】 戦争の本質をあぶり出せ 多面的情報の提供が必要

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会の第十回会議が五月十七日開かれ、評論家の内橋克人氏、元最高検検事の土本武司氏、学習院大教授の紙谷雅子氏の外部識者三人が、イラク戦争をめぐる報道の在り方について議論した。委員は「多面的な情報が提供されないと、この戦争の狙いがあぶり出せない」と強調。「米側に有利な内容の報道ばかりされている米国と、それ以外の国との間に生まれた情報や認識の格差は大きく、国際世論が分裂している」と指摘し、戦後の世界やイラク復興などを追跡し検証する記事が必要だと提言した。

「戦後」の追跡、検証を  グローバル化批判の視点も

 ―イラク戦争では、その正当性や米国の新保守主義(ネオコン)勢力がクローズアップされ、戦闘の模様が生中継された。戦争報道について、ご意見を伺いたい。

目隠しされたイラク兵

3月22日、バスラ北西のナシリヤで、米軍に投降し目隠しをされたイラク兵

正義なき平和

 土本武司委員 ブッシュ米大統領は大量破壊兵器の発見、フセイン体制を打破し民主化を進めてイラク国民を解放するという二つの目的を掲げたが、大量破壊兵器は見つかっていない。民主化は、イラク国民が決定すべきもので内政干渉に当たる。多くのアラブ国家は昔ながらの部族統治体制を取っていて米国型民主主義を押し付けても定着しない。

 第二次世界大戦の惨禍で平和の尊さを認識し、国連憲章で国連決議に基づく戦争以外は無効ということになった。国連は「正義ある平和」を求めてきたが、実際には「正義なき平和」に移行しつつある。米国の正義は自国のための正義だ。米中枢同時テロ以後のテロへの報復、石油利権確保といった自国の地位の安定化が米国にとっての正義だ。戦争はかつてのように単純ではなくなり、多方面からの取材が求められる。共同通信は多方面からの取材報道に努めたとの感想を持っている。

 紙谷雅子委員 報道の検証であって、イラク攻撃に対する検証ではないが、三週間余で一段落したので、経営者的発想の強い米政府にとっては成功ということになる。今後の米外交や内政にも効率性を追求する発想が強調されるだろう。

分裂した報道

 内橋克人委員 イラク戦争をめぐり日本の新聞論調は分裂し、例えば朝日と読売はまったく正反対の社論を掲げた。こうした対立の中で共同通信の果たした役割は大きかった。識者意見もバランスが取れ、重層的な見方を提示した。

 米国ではベトナム戦争後に徴兵制が廃止され、志願兵の多くは経済的困窮者、またはその子弟だ。低所得者向け福祉政策の対象者が兵士の60%を占めている。兵士の米国内での階層や生活を知りたい。国内で弱い立場の人々が駆り出されており、攻撃する側の米国の強さの中の弱さを暴くという視点が、米社会の持つ矛盾を知る上で重要となるだろう。

 イラク攻撃が何のために行われたのかは、いまだに多くの人々が首をかしげている。ある世界的に著名な非政府組織(NGO)は「私的財産権をイスラム世界に確立するのが狙い」と分析している。保守系の米シンクタンクは「中東全体の市場化、企業活動の完全自由化」を既に早い時期から唱えてきた。日本のマスコミはこれまでグローバル化に対する的確な認識や批判的な姿勢に欠け、イラク攻撃の持つ根源的な意味がいまだに把握できていないのではないか。

従軍取材の評価

 ―従軍取材は、約七百人のうち約20%が外国報道機関に割り振られた。共同通信は一人が空母に、二人が陸軍第三歩兵師団の砲兵部隊に従軍した。

 土本委員 従軍記者座談会で、帰還した空母艦載機のパイロットが食堂でにこにこしながら「別に訓練と変わらない」と話す場面があった。戦争というのは人の命を一時に大量に奪っても大した感動のないまま済んでしまうということが、その表情や言葉からうかがえる。陸軍従軍記者の記事は、米兵と仲良くなり、のんびりした「装甲車生活」を送った印象を受けた。兵士とは一定の距離を置き、緊張関係を保つ必要があると思う。従軍取材は、かつての大本営発表と同質なものになる危険はないか。

 奥野知秀外信部長 「のんびりした」というのも戦争の一側面。戦争だから、おどろおどろしい記事だけ集めるのは正しくない。戦場の兵士がいろんなことをやっている、それを伝えたいと考えた。兵士と記者の意識の一体化は事前に承知していた。規制された中での取材だが、現場にいて初めて分かることもある。作戦行動や部隊の位置などの報道は禁止されたが、想定したよりは自由に取材ができた印象がある。

深読みを

 内橋委員 私たちの時代との大きな隔たりを感じる。同じカメラを回すにも、権力側にカメラは据えてはならないという強い規範がジャーナリズムには存在していた。それが、今はやすやすと放棄され、権力側の意図に乗せられている。カタールの米軍会見場の装置をつくったのは、ハリウッドのデザイナーだとか、タンクローリーを持っているバグダッドの住民に米軍は水を与えて商品として販売させたとNGOが伝えている。つまり、そのようにして資本主義精神を植え付けようとしている。戦場での一つ一つの細部が何を意味するのか、深読みしないと戦争の実態はつかめない。従軍は戦争報道の一部にすぎず、可能な限り全体的で多面的な取材姿勢が必要だ。

 紙谷委員 従軍取材は、兵士にとっての戦争が分かり意味はあると思うが、兵士の側に感情移入しやすいという制約がある中で発信された情報だと常に知らせるべきだ。コンピューター制御の兵器とゲームの間に大した違いを感じないような兵士の振る舞いは、今の戦争の特徴かもしれない。戦争は爆弾を投下する側と着弾する側では違って見える。米軍が迫ってくる、逃げるのか、電気や水はどうかなど、イラクの市民生活の視点に基づく情報を並行して提供することで多元的な取材の実感がわく。

攻撃される側の視点

 古賀泰司社会部長 イラク人留学生に肉親や知人へ電話をかけてもらい、現地の声を取材した。通信事情が悪く一日に七―八時間かけ続け、通じるのが約十件。話を聞けたのはその半分だった。

 土本委員 フリーの記者がバグダッドに残って取材ができたのに、なぜ共同通信の記者が残らなかったのか。

 門田衛士編集総本部長 米英軍の展開に加え、現場や関係支局から情報収集し、ぎりぎりの判断をした。イラク人通信員の安全も心配だったが、本人の意思を尊重し、現地で取材を続けてもらった。

 内橋委員 米国で流された映像は自国に有利なものばかり。米国以外の国際社会との間に生まれた認識格差は非常に大きい。米世論と国際世論は完全に分裂している。米などに比べれば、まだ日本は攻撃される側の状況をよく伝えたと言えるのではないか。米国のいう「イラクの自由」は資本や企業にとっての自由。正義でもなく、デモクラシーでもない。これからは「戦後」をしつこく追跡、検証してほしい。

 紙谷委員 占領の自覚のない駐留は略奪をもたらした。無秩序な復興は利権の奪い合いになる。復興のプロセスが透明で、関係者が説明責任を果たすには、その場限りでない長期的な報道企画が望まれる。

侵攻と進攻

 ―米英軍がイラク領に攻め入った時、日本の報道は「侵攻」か「進攻」で表記が分かれた。共同通信は主に「進撃」を使った。

 土本委員 イラク戦争は、資源争奪の背景はあるが、核心はイデオロギーの戦争。古典的な侵略戦争ではないので、今回は「侵」は使わないでよかったと思う。

 内橋委員 領土を奪う侵犯ではないが、米国が進める世界市場化の中にイスラムをどう取り込むかの戦争だ。イデオロギーの「侵攻」とみなすべきだろう。

 紙谷委員 米国の論理という疑似宗教を伝道するために無理やり入って行った気がしてならない。「侵攻」だと思う。

 ―日本外交に関する報道について。

 内橋委員 日本は国連で米国への積極支持を表明しながら、国内では小泉首相がそれを認めないという、国の内外を使い分ける状況が続いた。米映画監督のマイケル・ムーア氏は「米国は第二次大戦以降、白人相手には戦争をしていない」と言っている。日本のジャーナリズムにそうした視点が出てこないのは、アングロサクソン追随の外交こそ国益にかなうという考え方が根強いからではないか。

 土本委員 小泉首相の米国支持はやむを得ない選択だと思うが、態度表明が遅過ぎた。「その場の雰囲気で決めればいい」という発言も飛び出し、自主性のない印象を外国に与えたのではないか。野党の「国連が何でも決めてください」という姿勢にも問題がある。

 紙谷委員 日本外交が国連重視と言いながら、実際には対米従属という一つだけの軸だけで判断している。複数の軸がなければ交渉当事者になれないという視点の企画などもあればよかった。

【詳報2】 メディアの危機の認識を 3委員から提言

 共同通信社の第三者機関「報道と読者」委員会は発足から二年が経過、次回会議からは新しい外部識者委員と交代する。今回で任期を終えた委員三人に、この二年間の活動を踏まえ、感想とメディアへの提言を聞いた。

 土本武司委員 視野を広めることができたことを感謝している。記者が普段から問題意識をもって仕事をしていることを知った。読者や加盟社の意見を聞きっ放しでなく適切に対応し、向上を図ろうとする努力を今後も続けていくことを期待したい。

 紙谷雅子委員 新聞、報道機関の大切な機能は、政治過程を中心とする、いろいろな決定のプロセスが透明になるよう監視をすることだ。人々がより良い判断ができるよう、もっと多くの、多様な情報を提供することを望みたい。

 内橋克人委員 この委員会が、個人情報保護法や、市民社会からのメディア批判に対応するための単なる免罪符になってはいけない。委員会がつくられたこと自体が、ジャーナリズムの置かれた立場の危うさの表れなのであり、メディアにはそうした自覚を強く持ってほしいと望んでいる。

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