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第3回会議(小泉政権の構造改革とその「痛み」)

だれのための改革か 生活者の視点で報道を

 共同通信社は八日、外部識者三人による第三者機関「報道と読者」委員会の第三回会議を、東京・虎ノ門の本社で開き、小泉政権の構造改革とその「痛み」についての、報道の在り方を議論した。

 評論家の内橋克人氏は「構造改革をしても従来型の景気回復は無く、高度失業化社会になる」との自らの考えを示し、小泉政権の高支持率について「改革の本質が明らかにされていないので、漠然とした期待が広がっている」と指摘。構造改革が、本当に景気回復、雇用増加に結び付くか、具体的な検証の必要性を強調した。

 学習院大教授の紙谷雅子氏は「企業の活動をしやすくする改革が、住民にいい結果をもたらすとは限らない。この改革はどこに顔を向けているのか」と、生活者の視点の大切さを訴えた。

 政府の雇用対策については「本当に効果が上がっているのか検証してほしい」と要望した。

 元最高検検事で帝京大教授の土本武司氏は「中長期の改革論議や統計上の数字だけでは分かりにくい。一人の人間、一つの所帯を基準に、どうすればどうなるか、分かりやすく報道してほしい」と、理解しやすい記事への工夫を求めた。

 医療制度改革について「なし崩しに患者にしわ寄せがいかないよう監視してほしい」と指摘した。

 内橋氏は、住宅金融公庫など特殊法人改革について「住宅が持てなければ将来不安から消費を控え、経済に活力も出ない」と、疑問を投げ掛けた。

【詳報1】 だれのための改革か 「痛み」の現場に踏み込め

 共同通信の報道の在り方を考える第三者機関「報道と読者」委員会は八日、第三回会議を開き、評論家の内橋克人氏、元最高検検事で帝京大教授の土本武司氏、学習院大教授の紙谷雅子氏の三委員が、小泉政権が進める構造改革による「国民の痛み」を中心に議論した。

小泉首相と石原行革相

特殊法人改革推進本部と行政改革推進本部の合同会議で、石原行革相と話す小泉首相=11月27日、国会

 ―まず小泉改革に対する全体的な感想を。

 土本委員 構造改革なくして景気回復なし、と言うが、今の経済状態は緊急事態だ。緊急避難的にまず危機を克服しないと、改革の道筋をいくら示しても国民の不安は解消しない。デフレからの脱却を財政再建とは別に検討すべきだ。

 デフレは痛みが倒産や失業などの形で少数者に集中し、社会問題を引き起こす。家庭崩壊や自殺者を生み、犯罪に走る者も出てくる。

 中長期の政策論は、国民には分かりにくい。統計上の数字だけではなく、一人の人間や一所帯を基準に、どうすればどうなるのか、分かりやすく記事を書いてほしい。

 内橋委員 私は構造改革なくして景気回復なし、という言葉はトリックだと思っている。多くの学者が指摘しているが、小泉流の構造改革をいくら進めても従来型の景気回復はない。土地価格の上昇を前提に、ほぼゼロコストで資金を調達し、設備投資に振り向けて競争力を発揮するという、過去の一番大きな成長エンジンはもう働かないからだ。

 共同通信のコラムの人選は、市場原理主義の識者に偏っているようだが、私が言ったような視点の人も選ぶべきだ。抵抗勢力という言葉をやめてはどうか。かつての利権構造、官僚優越を保持しようという人は確かにそうだが、真の改革を目指しての批判もある。十把ひとからげで、批判者はすべて抵抗勢力と解釈される心配がある。

 紙谷委員 今までは、企業の繁栄と日本の繁栄が同一視されていたが、企業が利益を上げることが必ずしも日本に住んでいる人によい結果をもたらさないことが多くなってきた。経済改革中心で、企業がより活動しやすくなる提言ばかりだが、それが人々にとっていいことなのかの検証が必要だ。小泉改革は一体どこに顔を向けているのか、もっと考えていく必要がある。

 人々にとって経済的な満足度以外の指標が出てこないといけない。安心して街を歩けるとか、教育の質が保証されるとか。企業活動とは離れた指標を、もっと国の方針として重視するような提案が出てきてほしい。

 内橋委員 不良債権処理が不良債権を生んでいる実態がある。銀行が債務者区分を「破たん懸念先」にランク下げするだけで、どれだけの会社がつぶれているか。そういう現場に踏み込んでほしい。

失業対策は有効か

 ―失業率が過去最悪となっているが。

 紙谷委員 いろいろな失業対策は本当に効果が上がっているのか疑問だ。転職のため、英語などの各種学校に通うことへの補助があるが、実際に転職の機会は増えているのか。受益者は各種学校だけなのではないか。今までの失業対策は何だったのか、お金を出し続ける意味があるのか、検証してほしい。

 内橋委員 小泉改革の雇用と労働の問題について、メディアはもうあいまいな態度は許されない。甘いが故に、小泉政権の異常な支持率の高さが続いている。問題の本質が明らかにされず、漠然とした期待が広がっている。

 つい最近まで、日本の高コスト体質を変えなければ、と言ってきた論者が閣僚になっている。これは噴飯物だ。デフレになって歓迎しているのか。物価が下がって賃金が下がらないはずがない。コロコロ意見が変わる人々が政策を担うことへの不安が強い。

 このままでは高度失業社会が来る。失業者五百万人時代になり、社会が質的に変わって職能の崩壊が進む。一つの専業の仕事では飯が食えなくなる。ものづくり大国・日本を支えた人たちが、細切れ労働で使い捨てられてしまう。雇用、労働こそ小泉内閣の試金石だ。

 土本委員 刑務所、拘置所の収容者数と失業率、さらに自殺者がほぼ比例している。貧乏と病気と犯罪は正比例すると言われるが、今の日本はこれを実証している。

 犯罪の側面をみると検挙率が低下している。わが国の検挙率は先進諸国の中でも最高水準だったが、一九九七年ころから低下して、最低水準になろうとしている。危機意識を持たなければならない。失業が増えるということは社会の質が変わることだ。

 紙谷委員 持てる者と持たざる者の格差が露骨に見えるようになり、社会不安をつくり出すのではないか。共同体の一体感がなくなっている気がする。

 内橋委員 失業や犯罪の問題の背景には、それを進めている政策がある。格差拡大社会にしないと日本は活力を取り戻せないと主張する閣僚もいる。失業、自殺につながる政策をだれが進めているのかを指摘すべきだ。

 青木建設の破たんも「市場からの退出」と言われる。生産性の低い企業を退出させれば、日本はぜい肉を落とし、二年後に輝けるんだと。これほど非現実的な理屈はない。いまやっているダイエットで、筋肉や骨まで溶けてしまう心配がある。

 いま進んでいるのは構造的失業であり、多少経済が回復しても失業率は改善しない。いわゆる不良債権を処理すれば輝ける日本が本当に来るのか、徹底的に検証してほしい。社会部、経済部、政治部が政策面の報道でどうつながっていくかだ。

患者にしわ寄せ

 ―医療制度改革をどう考えるか。

 土本委員 三方一両損の理念は正しいが、それが実現されるかどうかが問題。医療機関に都合のいい改革になれば元も子もない。なし崩しに患者にだけしわ寄せが行き、医療機関は痛み無し、ということにならないか危ぐしており、そこに着目した報道が望ましい。

 内橋委員 医療費がなぜ増えるのか。いろんなデータをみると、地域社会をきちんと育てていけば、うなぎ上りの医療費が変わってくると分かる。それなのに、地域社会を壊すような政策を平然とやっている。

 三方一両損も米百俵と同じトリッキーな言葉。サラリーマンは、患者でもあり保険料も払っている。二重払いだ。その言葉をそのまま使わず、批判する形で使っていく姿勢がジャーナリズムの在り方ではないか。

 いまの痛みは改革の痛みではなく、過去の負債を清算する痛みだ。この認識が無いから、過去の負債はだれがつくったのか追及できずにいる。

 紙谷委員 三方一両損の中で、医療機関にとって経営の近代化は損だと言われるが、これはしなければいけない当たり前のことで、医療機関のプラスになっても、決して損することはないはずだ。

 あと、医療の質が対価と釣り合っているか、という視点が必要だ。医療保険で保障される最低ラインがあり、それ以上のものが欲しい人はもっと払う仕組みが議論されてもいい。一方で、医療機関によって同じ対価で医療の質が違わないようにチェックできる仕組みがいると思う。

家が買えない

 ―特殊法人改革をどう見るか。

 内橋委員 住宅金融公庫を他の特殊法人と同列に並べて廃止する議論には稚拙な間違いがある。戦後、旧西ドイツは国の果たすべき最大の任務は国民に良質な住宅を提供することという理念を掲げ、国民経済や社会を安定させた。民間金融機関があるから住宅金融公庫はいらないという議論はおかしい。

 民間は市場争奪戦の中で、戦略的に低金利にしているだけでいつでも金利を変えられる。商工中金も住宅金融公庫と同じことがいえる。住宅政策が貧困で、将来に不安があり、多少のお金があっても使えない社会で、どうして景気が回復するのか。

 紙谷委員 銀行の住宅ローンは終身雇用を前提に組まれており、雇用が不安定になると銀行は個人にお金を貸さず、人は家を買えなくなる。持ち家政策を転換したもので、それに対してきっちりとした政策を設けないとバランスが取れない。

 内橋委員 石原行革相がお金のない人は家を持たなくていいと言っているが、小泉さんや塩川さん、石原さんらは非生活人。宇宙人みたいで、生活感覚がない。私も知人のケースで経験しているが、七十歳以上で貸家を探すのは大変だ。家がないのがどんなに不安か。住宅を持たない、持てない、持たせないという政策を並べて、みんなが支持するのが不思議でならない。

 土本委員 オランダでは衣食住のうち住が生活の根拠。住を基本に、医療の心配がないという社会構造が人を幸せにする根底になっている。

【詳報2】 読者対応は計9件 テロ首謀者の呼称など

 九月の第二回会議以降、共同通信の加盟社を通じて寄せられた読者の意見は、米中枢同時テロの首謀者とされるウサマ・ビンラディン氏の呼称をめぐるクレームや、大阪の校内児童殺傷事件の現場写真についての問い合わせなど計九件。

 ビンラディン氏の呼称について共同通信は「米政府は今回の事件で告訴、告発をしておらず、事件への関与など具体的事実が明らかになっていない」として「氏」を付けている。これに対し土本武司委員は「これだけ嫌疑が濃厚になったのに氏が付いているのは不自然」と指摘。

 内橋克人委員は「単なる犯罪者と言えるのかどうか。現段階で氏を外す必要はない」、紙谷雅子委員は「氏を付けて、いろんな側面から問題を見ているという姿勢を示した方がいい」と述べた。

 校内児童殺傷事件の現場写真について、土本委員は「被害児童への配慮は必要だが、事件の状況を報じるのは報道機関の責務」とした。

 内橋委員は「慣習を考え直した新たな試みが必要。未成年の犯罪被害者の顔写真を出す必要があるのか。勇気を持って姿勢を変えることができないか」と問題提起。紙谷委員も「テレビがセンセーショナルに向かう中で、活字メディアはそうではないというスタンスを取るべきだ」とした。

 一方、個人情報保護法案などメディアへの規制が強まっていることについて内橋委員は「法案の実態は『個人情報管理法案』。危険な法案なのに新聞は積極的に取り上げていない。この問題に対する危機感が希薄で心もとない」との意見を述べた。

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