北京五輪(野球)

■「申し訳ない」星野監督 野球日本代表が帰国

北京から帰国し、記者会見する五輪野球代表の星野監督(中央)。左は宮本、右は上原の両選手=24日夜、千葉県成田市

 北京五輪でメダルを逃し、4位に終わった野球日本代表の星野仙一監督、選手が24日帰国した。成田空港ではファンら約300人が待ち受けたが、選手らは一様に硬い表情で空港を後にした。

 成田市内のホテルで記者会見した星野監督は「こういう結果となり、責任者として本当に申し訳ない」と厳しい表情。敗因に関しては「何を言っても言い訳になる」としながらも「初戦で打者がストライクゾーンに不信感を感じていた。体調や技術を含めてベストではなかった」と振り返った。

 宮本慎也主将(ヤクルト)は「(優勝の)韓国との差は(勝ちたいという)思いの差。僕らのふがいなさを後輩たちが感じ取って、世界に通用する日本の野球を見せてほしい」と唇をかんだ。

(2008年8月24日)


 

■星野監督、責任痛感 野球の五輪代表

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 【北京24日共同】北京五輪で4位に終わった野球日本代表の星野仙一監督は24日、北京市内で記者団の質問に答え、金メダル獲得を宣言しながら惨敗したことについて、責任を痛感しているとし「期待されながらそれを裏切った。おれは何を言われても甘んじて受けるし、風当たりも受ける」と語った。

 同監督は来年3月に開催される第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の監督就任を、日本プロ野球組織(NPB)から要請されていることを明らかにした。ただ、五輪でメダルを逃したショックは大きく、「最終的にはおれが決めるが、いまはそこまで考えていない」と態度を保留している。

(2008年8月24日)


 

■「日本を沈没」と韓国紙 五輪野球勝利で

 【ソウル23日共同】23日付の韓国各紙は、北京五輪の野球準決勝で韓国代表が日本に勝利したことを、ほとんどが一面トップで大きく報道した。特に勝負を決める本塁打を放った李承☆選手(巨人)については「日本を沈没させた」(中央日報)と活躍ぶりを伝えた。

 五輪に限らず、野球の日韓戦は韓国では「自尊心の対決」(韓国メディア)といわれるだけに、韓国日報は過去の主要な日韓戦の勝敗一覧表も掲載した。

(注)☆は火ヘンに華

(2008年8月23日)


 

■日本、シドニー以来の屈辱 野球

日本―米国 こぶしを握り締め、険しい表情で9回の日本の攻撃を見詰める星野監督=五〓(☆木ヘンに果)松球場(共同)

 3位決定戦を行い、日本は米国に4-8で逆転負けを喫して4位となり、2大会連続の銅メダルは成らなかった。メダルを逃したのは2000年シドニー大会以来で、全員プロ選手で臨んでからは初めて。

 野球は12年のロンドン大会で実施競技から外れることが決まっている。

 日本は荒木雅博(中日)と青木宣親(ヤクルト)の本塁打で3回表までに4-1とリードした。だが、3回裏に和田毅(ソフトバンク)が3ランを浴びて追い付かれ、救援した川上憲伸(中日)が5回に2点本塁打などで4点を失った。8回にはダルビッシュ有(日本ハム)を投入したが、既に大勢は決していた。

 決勝はキューバと韓国が対戦。

 【評】日本は継投の遅れが響いて米国打線につかまった。4-1の3回、和田が制球を乱して1死一、二塁とし、ブラウンに同点本塁打を浴びた。川上も5回2死一、三塁からティーガーデンに2点二塁打を喫し、次打者の本塁打で2点を失った。得点は荒木と青木の本塁打で挙げただけ。米国先発の左腕アンダーソンを攻略する策が見つからなかった。

 星野仙一監督の話 結果はそのまま受け止めないといけない。われわれに力がなかった。日本で金メダルを待っていたファンの方々に申し訳ないという気持ちでいっぱい。たまたまこの期間だけ調子が悪かったと思っている。日本の野球はこんなもんじゃない。選手は必死にやってくれた。(共同)

(2008年8月23日)


 

■星野ジャパン敗れる

韓国に敗れ、うなだれて引き揚げるG・G・佐藤(46)と声を掛ける森野(その右)、藤川(左端)、岩瀬(右から2人目)ら日本ナイン=五〓(☆木ヘンに果)松球場(共同)

 【北京22日共同】北京五輪第15日の22日、野球の準決勝で日本は韓国に2-6で敗れ、決勝進出を逃した。野球は次回ロンドン五輪で実施競技から除外される。日本は1996年アトランタ五輪の2位が最高の成績で、悲願の金メダル獲得はならなかった。

 日本は23日に、準決勝第2試合のキューバ-米国の敗者と3位決定戦に臨む。

 日本は1回、1番西岡剛(ロッテ)の安打を口火に1点を先取。3回には青木宣親(ヤクルト)の適時打で1点を追加した。しかし4回、7回に1点ずつを返され、8回に李承☆(巨人)の2点本塁打などで4点を奪われた。

 (注)☆は火ヘンに華

(2008年8月22日)